第114話 狂っていながらもどこか美しい信念からの招待状



 周りの雪が、吹雪が吹くように強くなった。




 目の前には、ウエディングナイフをワタシの左胸に突き立てて、ほほ笑んでいるスイホさんの顔があった。




「ねえ……ナル……クゥ……ン……」




 それとともに、スイホさんのインパーソナルは最後の断末魔を上げた。




 インパーソナルの左胸には、お父さまのオノが突き刺さっていた。


 知能の紋章に、突き刺さったのだ。





 ワタシは、左肩にウエディングナイフが刺さった感触を感じながら、インパーソナルを押し倒し、突き刺さったオノの刃を引き抜く。




 それとともに、周りを包んでいた吹雪が止んでいく。


 さっき、強く吹いていたばかりなのに。

 ワタシがインパーソナルの機能を停止させたのを、見計らったみたい。




 先ほどまでいたはずの、ナルサさんのインパーソナルはどこかに消えていて、


 スポットライトの光が消えていくとともに、ワタシの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。




「イザホ!!」




 マウだ。


 懐中電灯を持ったマウと……クライさんが、ワタシの方に来るのを見て、


 ワタシは、口からオノを落とした。




 そこでようやく、舌に埋め込んだ紋章がデニムマスクの味を読み取っていたことに気づいた。











「これでもう、だいじょうぶ」


 マウが、ワタシの両腕に切断されていた手を、治療の紋章でくっつけてくれた。

 あの時切断されたまま、教会に落としてきた光景を知能の紋章が再生する。


「それにしても……なんて広い場所だったんだ……」


 クライさんは、周りの雪を見渡してつぶやく。


「さっきフジマルさんのインパーソナルに投げられた時、結構いたかったから……ね……すぐには起き上がれなかった……よ……」


 マウの声は、だんだんと申し訳ないように小さくなっていく。

 それとともにクライさんはあるものを懐中電灯で照らし、目を見開いたかと思うと、歯を食いしばった。


「……自分たちがつくのが……早かったら……」

「……!」




 クライさんが懐中電灯を照らした先にいたのは、雪の上にうずくまる……白いバフォメットお父さまだった。




「命令ヲクダサイ」


 雪に埋もれたまま、お父さま……だったマネキンは、同じ言葉を繰り返していた。




「バフォメット……イザホのこと、守ってくれたのに……」




 後悔の混じった声とともに目を細めるマウのおでこに、ワタシは小さな右手を乗せ、顔はクライさんに見せる。


 だいじょうぶだよ、マウ。クライさんも。

 

 治療の紋章を埋め込んだ包帯を巻いたばかりだから、取れるかひやひやするけど……安心させてあげなきゃ。




 お父さまを救えなかったのは……マウたちのせいじゃない。

 この事件を引き起こした……ウアだ。


 たしかに、お父さまは殺人鬼だ。

 10年前の事件で、たくさんの人間を悲しませた。


 それでも、お父さまを殺人鬼というレッテルとしか見ていないウアの表現に、この人格の紋章の中には怒りという感情が渦巻いている。


 マウたちが来てくれなかったら……ワタシは……




「……イザホも、もうだいじょうぶ?」


 そんなワタシの考えていることを見通したかのように、マウは首をかしげた。


「なんだか、すごい悲しみが……怒りに変わって……そんな自分の心を落ち着かせようと、していたからさ」


 ……やっぱり、マウにはお見通しなんだね。


「イザホのマスク……すごい力でかんでいたぐらい、ゆがんでいたから……それでわかったんだ」


 マウから手を離して、ワタシはもうだいじょうぶであることを知らせるようにうなずこう。




「おっ……っつ……!?」




 ワタシたちに近づこうとしたクライさんが、なにかにつまづいてバランスを崩した。

 幸い、転けることはなかったけど……


 その時、ワタシの膝元になにかが転がってきた。


「ねえ、イザホ……それって……」




 ……お父さまが被っていた……羊の頭のヘルメット。


 羊の悪魔をかたどった……お父さまが力をもらっていたというヘルメット。




「命令ヲクダサイ」




 ワタシは、この羊の頭を抱えて、


 元の死体となったスイホさんから、ウエディングナイフを手に取る。




 そして、ただひたすら同じ定型文しかしゃべらなくなった、マネキンに近づいて……




 知能の紋章に、ウエディングナイフを突き立てた。




「命令ヲ……クダ……サ……ァ……」





 動かなくなったマネキンを前に、ワタシは羊の頭を下に向け、なにもない中身をのぞき込む。


「……バフォメットは……これで楽になったのかな……」


 クライさんのつぶやきに、ワタシは首を振る。


 もう、人格の紋章を削られて機能を停止したお父さまに……魂というものは存在しない。

 カセットテープで再生される音は、ただの再現の音であるように……たとえ、記憶を移植できたとしても、それはお父様ではない。




 お母様がワタシに記憶を引き継がなかった理由が……


 やっと、確実に理解できたと自信を持って言えるようになった。




 ……お父さま、力を貸して。




 ワタシは、知能の紋章が再生したお父さまの記憶に向かって、この言葉を想起した。


 真っ白になったマネキンウアが考えているバフォメットではなく、記憶の中のバフォメットワタシ自身が見たお父さまに、向かって。




 手に持った羊の頭を、ワタシは被った。











「いい!! それだよ!! それ!!! それ!!! それそれそれェ!!!」










 突然、どこからか声が響き渡った。


 ……さっきも聞いた声!!!




「この声は……」「ウア……ちゃん……!!?」




 ワタシはマウとクライさんとともに、周りを見渡す。




「!! スイホさんが!!」




 マウが指さしたのは、スイホさんの死体。


 そのプラスチックの胴体の腹から……突き破るように出たのは……




 1本の、剣。




 その剣の刃には、声の紋章が埋め込まれていた。




「誰にも伝わらなかった、バフォメットの思い……それを受け継いだのは、バフォメットが作り出した、死体の人形……!! なんて素晴らしい物語!! なんて素晴らしい作品なの!!?」




 そのウアの声を聞いたワタシは、胸の中に困惑という感情が渦巻いていた。


 ウアは、わかっていたのだ。

 お父さまの過去を……最初から、あるいはワタシとお父さまの会話を聞いて、わかっていた。


 それでいてもなお、ウアはお父さまをあくまでも殺人鬼と認識していた。




「イザホ!! やっぱりあなたにはわたしの作品を見てもらいたい!! わたしの作品を見て! 知って!! 物語を込めて!! それからあなたの宿命から解放してあげたい!!」




 自分の考えは間違ってはいないという強固な思い。


 それでいて、変化にも対応して受け入れるという柔軟さ。


 この状況を楽しんでいるような、狂ったような声。


 だけど、決してふざけているわけではない、声の奥底にある信念。




「作品には! そこにいたる物語がある!! それもひとつではない、複数の物語が絡み合って、なおかつ自ら語らない!! その作品を見た人は! やがて各々の考えで隠された物語に気づく!! 見た人だけが感じられる……見た人によって違う……!! 見た人だけの、物語!!!」




 自分の信念を理解している人間作る者と、理解できずに迷っていたワタシ作られた物


 その力の差に、存在の違いに……圧倒されそう……




「イザホ!! あなたは作品なの!! 作品になるの!!! 10年前の惨劇をみんなに伝えるための、作品!!! わたしの作品たちとともに、ひとつになるの!! 傑作!! あなたは傑作なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁあはははははははははははははははははははははははははははははははははは――」




 ウアの声は、クライさんが剣を蹴り飛ばしたことで止まった。




 刃が折れ、声の紋章は真っ二つになる。




「……ウアちゃん……自分はもう……10年前の事件を経験した女の子としては……キミに同情できないよ……」




 雪の上に突き刺さった、折れた剣を見て、


 クライさんは拳を振るわせていた。




「平気。考え方の違いも、またいいでしょ?」




 !! 「え!?」「……!!」




 再び、ウアの声が響き渡る。


 声の聞こえた方向は……ガーデンウエディングの鐘。




 その鐘の下にいたのは……ナルサさんのインパーソナル。




 そのおなかからは……声の紋章が埋め込まれた、別の剣が飛び出していた。




「イザホ! マウ! こっちおいでよ!! わたしはもう、逃げないよ?」




 そのような声が聞こえるとともに、ナルサさんは1枚の画用紙……


 羊の紋章が埋め込まれた画用紙を取り出し、その紋章に手を触れ、姿を消した。




「イザホちゃん……!」




 クライさんが、まっすぐな瞳でワタシを見る。




「イザホ、行こう!! ウアを……止めるために!!」




 マウが、勇気を振り絞る声でワタシに話しかける。




 ワタシは左手で羊の頭を被り直すと、


 その大きな左手で、足元に転がるお父様のオノを拾い上げる。




 ウア……


 ワタシは、おまえの作品なんかじゃない。




 小さな右手を伸ばして、マウと手をつなぐ。




 そして、ガーデンウエディングの鐘……その下に落ちている羊の紋章に、ワタシたちは近づいていく。




 鐘の下で、ワタシは振り返った。




 ――あの子と、幸せに――




 もちろんだよ。お父様。


 マウと……幸せになるから……

 それを果たすまで、ワタシの知能の紋章……




 ワタシの胸の中で、見守っていて。




 マウとクライさんとともに、ワタシは羊の紋章に触れた。




 その羊の紋章が埋め込まれている画用紙は……


 よく見てみると、飾り付けされた封筒招待状だった。











「ここは……サバト……?」


 クライさんが、サバトの路地裏の中でつぶやく。


「!! いた!!」


 マウが指さした先にいたのは、ナルサさんのインパーソナル。


 ワタシたちを誘うかのように、逃げ始めた。




 追いかけた先は……大きな川。


 横を見ると、遠くに橋が見えている。




 その川に、ナルサさんのインパーソナルは飛び込んだ。





「この川の……下に……ウアちゃんが……?」




 クライさんの言葉とともに、サバトの朝日がワタシたちを照らす。


 すると、向こう岸から影が、インパーソナルが飛び込んだ場所に向かって伸びて来る。




「まさか、フジマルさんが言っていた場所だったなんてね……」


 マウの言葉で、ワタシは理解した。


 この伸びてきた、棒の形をした影は……




 フジマルさんと白髪の少女との、思い出の場所の……柱だった。




 フジマルさんも、10年前に命を落とした白髪の少女も……




 すべて、終わらせるから。










 ワタシはマウ、クライさんと顔を合わせて、うなずき、




 影の頂点に向かって、飛び込んだ。




 鳥羽差市の裏側、サバトの朝日を……あびながら。









――ACT10 END――

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