第一章

episode1 最果テノ地、ノア


「なんとも呆気ないものだった。魔王軍があそこまで弱体化していたとは……。」


 魔王城を堕とした勇者ラヴィは一人冴えない顔をしていた。


「スライムやゴブリン、小悪魔たちだけしかいなかった。可笑しくないか?」


「雑魚は数だけは多い。ごく少数の巨人やオークや鬼は中々強かったぞ。それに珍しい魔物も数体。」


 冴えない顔をしているラヴィの背中を、弓使いユージンが晴れやかな笑顔で叩いた。


「あのローブを被った魔物!金色の炎なんて初めて見たぞ。あれも持って帰ってくりゃ良かったな。あれはなんだ?鬼ではなさそうだった。」


 最後まで魔王を追って俺たちを追ってきた黒いローブに片目しか見えないグレーの瞳の魔物。金色の炎は耐熱性のある勇者たちの服を燃やすほどの火力だった。


 ──黄金の炎、それは古に失われた禁断の魔法。


 文献でしか見たことがない代物だ。四人がかりでやっと傷を追わせることができたそいつの足を切り落とした後、砂に飲み込まれて死んだ。


 そいつは捕まえられなかったが、魔王軍の中で希少な魔物を一匹捕えてきた。


「メデューサなんて初めて見たぞ。戦えなくて助かったぜ。」


 格闘家のアーガスがメデューサを見つけ、気絶させて連れてきた時には驚いたものだった。王族は希少な魔物をコレクションに好む。


 アーガスは腕は確かだが、どうもこの金のことしか考えられない性分は相容れない。


「やっと着くわ。」


 魔法使いで幼馴染みのマリアが俺たちを振り返り、安堵の笑みを浮かべる。

 魔界とは違い、地上は爽やかな風と生い茂る緑の木々と色鮮やかな花が咲き乱れ甘い香りが包んでいた。


「勇者様がおかえりだーっ!!」


「勇者様ーっ!!」


 人々は俺たちの帰還に歓喜した。王は勇者一行に褒美として領地、富と名声、そして勇者の花嫁に王女を。


 魔王が死ぬことはない。死ぬことが許されない魔王の体は鎖に囚われ、都市のある所で永遠の死に苦しむのだ。


 これで世界は安寧へと導かれる────はずだった。



 ****




 荒れ果てた外壁が崩れ、枯れた花や萎れた草は踏み殺されその姿は灰になった。焦げた肉の臭いと腐った臓物の異臭。


 最果ての地、ノア。ここでは終わりを向かえたものが灰になる世界。

 ここには一匹の悪魔と、彼を慕う魔物たちが集い静かに暮らしていた。


「あのお方を……ぅぐっ!」


『動かないで!傷が開いちゃうよ。』


「だがっ!行かなければ……」


『こんな体じゃ殺されちゃうよ!』


 僕ら魔族は回復魔法ヒールを使えない。しかし、僕たちにはエル様から貰った魔法道具がある。


 くたびれた包帯をオークのジャラオアの負傷した首に巻き付けた。この包帯は、エル様が作ったもの。回復魔法が使えない魔物たちの傷を癒してくれる便利な代物だ。


「うぅっ!!」


『みんな待って!動いちゃダメだよ!お願いだから!』


 悔しい。憎い……どうしてなにもしていない僕らがこんな惨い目に?

 王様を拐われて今すぐにでも助けに行きたい。

 だが、侵略に傷つき傷を負った僕たちではあの人を救うことはできない。


「ニクス、お前の方が酷い怪我じゃないか。勇者だかなんだか知らねーが、あんなのただの侵略者だ!」


 腕で床を這いつくばっている僕の肩にジャラオアは手を置いて「お前の手当てもしてやる」と膝から下がなくなった僕の両足に包帯を巻き付ける。


 ダークエルフのナタリーが放置していた僕の足を持ってくると、魔法の糸で縫い合わせてくれた。


 足が落とされたせいで、僕はノアの砂に飲まれて暫く動くことが出来なかった。

 何故ノアの砂がいきなり僕を飲み込んだのかわからない。目が覚めた時には全てが終わった後だった。

 エル様に聞けば、きっと理由を教えてくれるだろう。


「可哀想に……動かせる?」


『うん。ありがとうナタリー!』


「ええ。ニクス、まずは傷を癒さないと……。」


 勇者と名乗る四人の人間が僕らの城に来たのは本当に突然のことだった。当たり前か。襲撃する前に事前に報告する馬鹿親切な奴なんかいない。

 遊びつかれて寝ていた間抜けな僕らは気付きもしなかった。寝ている僕らに音もなく忍びより、虐殺は始まった。

 僕らも闘った。自分の身を守らないといけないから。


 しかし僕らは弱い。弱いものたちが集まっただけの集団だ。だが王様だけは違う。でもあの人は闘いを望む人じゃない。


「魔王、お前の手下どもに殺された人たちの怨み!!」


 そんなことを勇者と名乗る男が言っていた。




――――マオウってなに?



 手下の僕たちが人間を襲う?そんな馬鹿な話があるわけない。地上にいる魔物と僕らは違うと、王様は言っていた。


「アイツが言っていた、王様の部下が人を襲うなんて本当だと思う?それに王様の部下ってなに?」


「あんなの人間の口から出任せだ。」


「でも俺らは王が昔何をしていたかは誰も知らないだろ?」


「お前!!あの人がそんな非道なことをすると思ってんのか!?」


「そんなこと思わない!だって弱い私たちを拾ってくれたお方だぞっ!!」


 そうだ。僕たちはあの人の過去は知らなくても、あの人が心優しい王様であることをよく知っている。人に恨まれるようなことをする王なんかじゃない。


「助けに行くって言っても、私たちはここを出られない。どうするの?それに私たちの見た目じゃ、きっと地上では……」


 僕らの城の遥か彼方、空に開いた穴からでないと地上に行くことはできない。移動魔法や浮遊魔法を使えば簡単に行けるらしいが、力のない魔族にはそんな高度な魔法は使えない。


『僕が行く。』


「っ……でも、アンタはひ弱じゃないか。行ったところで助けられるわけ」


『でも行かないと。あの人に拾われた命だ。』


「それならあっしらも!」


 スカルのスーさんがそう言って立ち上がろうとした。しかし、最年長であるドクロさんの軋みひび割れた骨は少しの動きに耐えられず崩れる。


「ああ……迎えが……王が拐われたというのに……不甲斐ない……!」


「スーさん、もう動かないで。」


『包帯を』


 ここにある包帯はなくなってしまって、ナタリーが急いで新しい包帯を取りに行った。僕に巻かれた包帯は赤い血がついてしまったがこれを巻けばきっと骨の崩壊は落ち着くはず。


「ニクス様。」


 ナタリーが巻いてくれた包帯を取ろうとした僕の手にスーさんの本数が減った手が乗る。


『スーさん……嫌だよ……スーさん!』


「ニクス様、エル様を……あの方の傍に……」


 スーさんは胸の前で手を組むと、動かなくなった。生気の抜けた骨が崩れ落ち、灰塵となって風に吹かれ白い砂漠へと消えた。



 最果ての地、ノア。

 そこは魔物たちが最後を迎える地。

 灰塵となった魔物たちが眠る下界。




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