雪に五十ポイント
「お兄ちゃん起きてる?」
いじめを無くすと豪語したくせにその場の乗りで返事した俺に策などはあるはずもなく、一旦持ち帰ることにした。
時刻は九時過ぎ。ベットの上で寝転がりながら天井を眺めていた俺は礼儀なしに開いた扉に呼応するように上体を起こした。
「入るときはノックをしろと……」
「私とお兄ちゃんの仲でしょ!気にしたら負けだよ!」
雪はこの前と同じように髪から水滴を滴らせ片手にドライヤーを装備した状態で部屋に入ってきた。
「髪位拭いてから来てくれ……」
言ってもいっても聞かない雪に呆れた口調で溜息を着く。
「えへへ~、ごめん~」
雪はいつもの調子で適当に謝罪する。
「今日もか?」
「うん!お願い!」
雪を誘導するように膝上をポンポンと叩く。「失礼しまーす」気抜けするような声を出しながら雪はちょこんと座った。
「お兄ちゃん」
「何だ」
「悩みでもあるの?相談乗るよ?」
タオルで優しく水滴を拭いていた時に放った雪の言葉に手が止まる。
鋭い奴だ。
「何も無いよ」
止めた手を動かし白を切る。
「噓!だってお兄ちゃん家に帰ってから少し変だもん!」
「そんな訳無いだろ」
動揺を悟られないようにいつもの口調を心掛け口を開く。
「何か悩んでいるなら相談してほしいな?それとも私じゃ不満?」
振り返った雪の目には「何で頼ってくれないの?」と言いたげな寂しさが込められていた。
俺は人。特に女の涙に弱い。つまり今の雪に逆らうことが出来ない。
ちょろいな自分……。
「……相談があるんだが聞いてくれないか?」
「うん!」
頼ってくれたことが余程嬉しかったのか、先ほどの悲しい顔から一転眩しいほどの笑顔で笑った。
雪に具体的な人物像を出さず事の発端を伝えた。
ちなみにその間も髪は乾かしている。
「そんなことがあったんだね」
「まあな」
「それで、お兄ちゃんはその人を心の底から救いたいって本当に思ってる?」
「もちろんだ」
「噓はないよね?」
「ああ」
雪は念を押すように聞いて来る。
「そっか!なら相談に乗るよ!」
「何で確認するような事を聞いたんだ?」
「中途半端な善意で差し伸べられた手は返ってその人を苦しめる原因になる。だからお兄ちゃんの覚悟を聞いたんだよ」
「そういうことか」
「ところで、お兄ちゃんはどうやってその人のいじめをなくそうとしてるの?」
「それが、悩みだ」
「それって……。高を括ったくせに何の策も思いついてないってこと?」
「そういうことだ」
「お兄ちゃんらしいね」
雪は笑う。
「さて、どうしたもんか……」
正直言って策は沢山出てきた。しかし、俺の性格上の問題かバイオレンスな方法しか思いつかない。
例えば、祝の首を死ぬギリギリのところまで締め続け、「もうしない」と約束させる。とか。
ただ、この場合だと殺人未遂、暴行罪、脅迫罪に該当するので実行したくはない。人生の半分刑務所はごめんだ。それに一人残った雪に苦しい思いはさせたくない。
雪の乾いた頭を撫でる。雪は不思議そうな顔をした後、とろけた表情をした。
「私思うんだけどさ、一回いじめの主犯格の人と話してみれば?いじめは受ける側にも問題があるって聞いたことがあるし」
それは盲点だった。いじめはする方が悪いという考えに囚われていた自分がバカみたいだ。
天才的な発想をした雪に五十ポイント。
「それは思いつかなかったな。ありがとう雪」
「ふふ~、もっと褒めるがよいぞ~」
どこぞの殿様気分の雪の頭を撫でる。
撫で続けている内に雪は寝息を立てて膝の上で眠ってしまった。
「軽っ」
雪を部屋のベットに寝かすためお姫様抱っこをする。軽すぎる雪の体重に驚きつつもベットに寝かせ毛布を掛ける。
雪の頭を撫で、部屋を後にする。
時刻はとっくに十二時を過ぎている。楽しい時間はあっと言う間に過ぎていくとは言うがまさにその通りだ。
雪には助けられてばかりだ。今度何か買ってあげるか。
自室に戻り本棚から読みかけの小説を取り出す。読み始めてから一時間が経過した。
「そろそろ寝るか……」
栞を挟み本を閉じる。
「雨か……」
窓の外に目をやると小振りながら雨が降り始めていた。
「そういや、もうすぐ梅雨か」
今年も俺の嫌いな季節がやってくる。
朝には止んでると良いな。
そんなことを思いながら眠りに着いた。
機械姫は笑わない 砥上 @togami3
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