23-1 本音

 玲たちとスタジオ練習をしたその翌日。

 俺は柿原と堂本と話をするために覚悟を固め、学校へと赴いていた。

 しかし――――。


「え、来てない?」

「ああ、連絡もないからちょっと心配してんだよ」

 

 教室に柿原の姿がなかったため堂本に確認しに来たのだが、分かったことはどうやら彼が今日欠席しているということくらいだった。

 二階堂も野木も特に理由は聞いていないようで、堂本と同じく浮かない表情を浮かべている。

 

「祐介、大丈夫かなぁ? 確かお母さんもお父さんも外国にいるんでしょ? 体調崩してたら結構ヤバイ気がするんだけど……」


 そう言えば俺も三者面談の日にそういった話を聞いていた。

 もしも体調を崩していた場合、誰の助けも期待できない状況に置かれている可能性がある。


「……凛太郎、ちょっと放課後付き合ってくれねぇか?」

「いいよ。祐介君のお見舞いに行くんだろ?」

「ああ。あいつは柔な男じゃねぇけど、万が一ってことがあるからな……」

 

 もしかしたら他に事情があって欠席しただけかもしれない。

 しかし最近の彼の調子はどこかおかしかったと記憶している。

 顔色もどこか悪かったし、メンタルも落ち込んでいるようだった。

 そうした材料が揃っている以上、やはり体調を崩してしまっている可能性は高くなってしまう。


「二階堂さん、今日の準備手伝えないかもしれないけど、大丈夫かな?」

「うん。みんな積極的に動いてくれてるから、一日くらい余裕だよ。逆に柿原君のこと任せちゃってごめんね? 彼がいない以上は私が仕切らないといけないから……」

 

 文化祭実行委員である柿原がいなければ、その補佐役である二階堂が皆を取りまとめるのは必然の流れだ。

 着実に準備を進めて行かなければならない以上、彼女までいなくなってしまうのは困る。


「ウチも今日はアズりんの手助けするよ。体調悪いならあんまり大人数で行くのもよくないと思うし、学校に残ればウチにもできることがあるから」

「おう、それでいいと思うぜ。じゃあ俺と凛太郎は一回薬局に寄ってから祐介の家に向かうってことでいいよな?」


 堂本の問いかけに、俺は頷く。

 スポーツドリンクや薬。一応そういう物を買って届けるくらいなら無駄になることはないはずだ。

 

 ある程度話がまとまったとこで、一限目の授業開始のチャイムが鳴った。

 俺たちはそれぞれ一言程度の挨拶を交わし、それぞれの席に戻る。

 授業中になり一人で考える時間ができると、俺の中に言い知れぬ不安がこみ上げてきた。


(このまま……文化祭当日も来れないなんてことにはならないよな……?)


 俺は左手を広げ、指先に目を落とす。

 一か月程度ではあるものの、毎日ベースを練習した証とも言えるタコが出来上がっていた。

 初日にできた肉刺は次の日に潰れ、何度か出血したこともある。

 ここには短いなりに積み重ねた俺の時間が詰まっているのだ。


 どうやら俺は、この時間が無駄になってしまうのが恐ろしいと感じているらしい。


◇◆◇

 常に共に文化祭準備をしてきた雪緒に詳しい事情を伝え、俺は堂本と共に校舎を出た。

 彼に案内されるまま電車に乗り、五つ先の駅で降りる。

 さすがに学校に近い駅ということもあり、何度か降りて歩いたことのある場所だ。

 とは言え土地勘があるとは到底言えないレベルの記憶であり、もちろん柿原の家も知らないため、ここは堂本を頼り切るしかない。


「……ここだ。相変わらずでけぇな」

「お、おお……」


 住宅街を歩くこと五分程度。

 堂本が指した場所には、三階建ての豪邸が建っていた。

 周りの一軒家と比べれば一回り以上大きさが違う。

 両親共に海外働きというのは伊達ではないらしい。


 俺たちの肩ほどまである塀に備え付けられた格子を開き、玄関の扉の前に立つ。

 扉の隣に設置されたインターホンを堂本が押せば、家の中からチャイムの鳴る音が聞こえてきた。

 しかし、しばらく待っても誰も出てこない。


「……いねぇのかな」

「体調崩してるなら寝てる可能性が高いと思うけど」

「はぁ……じゃあ仕方ねぇよな」


 堂本は鞄から鍵を取り出すと、それを玄関に刺して捻る。

 カチャという音がして、玄関の鍵はすんなりと開いてしまった。

 

「俺、祐介の母ちゃんとも知り合いでな。あの人たちも祐介のことは信頼してんだけど、万が一にも一人の家でぶっ倒れてたりしたらまずいからって俺に鍵を預けてくれたんだ。きっと使いどころはこういう時だよな」


 扉を開け、堂本と共に家の中へと入る。

 こんな豪邸で男が一人暮らししていると聞いて多少なりとも散らかっているだろうと思っていたのだが、そんな想像を覆す程度には片付いている印象だ。

 堂本曰く、週に一度は雇われの家政婦のような人が来て掃除だけしていくらしい。


「ここが祐介の部屋だ」


 階段を上がって二階の廊下の突き当りまで行くと、目の前の扉を指して堂本は言った。

 ちなみに玄関にて柿原の靴があることは確認済みであり、この家の中にいることは分かっている。


「おーい、祐介! いるか?」


 堂本が部屋の中に少し大きい声量で声をかけると、中からもぞもぞと人の動く気配がした。


「う……竜二か?」

「おう。入っても大丈夫か?」

「ああ……大丈夫」


 部屋の中から聞こえた声は確かに柿原のものだったが、いつもの元気はどこにもない。

 これは明らかに体調が悪いな。


「じゃあ、入るからな」

 

 部屋に入れば、ベッドと勉強机、そしてテレビとパソコンが置かれた机が見えた。

 全体的に片付いており、男臭さはあまりない。


「凛太郎も来てくれたのか……悪い、連絡できなくて」

「いや、仕方ないよ。その……体調は大丈夫?」

「一応朝一番でタクシー拾って病院で見てもらったから、そこまで大変な状態にはなってないよ。具体的な病気とかはなくて、純粋に疲れが積み重なったんじゃないかって言われた」

 

 疲れ、か。

 いつか俺の危惧していたことが現実になってしまったらしい。


「これだけ忙しくしてりゃ、体も壊すわな」


 堂本は勉強机の上にあったプリントを眺めながら、そうこぼす。

 そのプリントには、クラスの予算やスケジュールに関する内容がびっしりと書いてあった。

 

「ああ……上級生の方からもう少し予算を抑えられないかって言われて、削れるところがないかずっと考えてたんだ。特に衣装が高くなりそうだから、その辺りを業者の人に電話して交渉してみたり……ははっ、もっと上手くやれたらよかったんだけど」


 柿原はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら、そう話した。

 対する堂本は苦虫を嚙み潰したような顔になると、拳を硬く握って頭を下げる。


「祐介……あの時怒鳴って悪かったな。俺、お前がめちゃくちゃ苦労してるってことをどこかで失念してたかもしれねぇ」


 誠意のこもった謝罪を受け、柿原は照れ臭そうに頬を掻く。

 

「俺も……悪かったよ。いくら疲れてたとは言え、協力してくれてる竜二と凛太郎に投げやりな態度を見せていいわけがないよな」


 けど――――。


 そう言葉を区切り、柿原は悔しそうに表情を歪めた。


「やっぱり、不安なんだ。ここまで協力してもらっておいて、もしも告白に失敗したらすごい申し訳ないなって――――いや、もっと正直に言えば、そうやってフラれたらすごいかっこ悪いだろ? 俺は多分、そっちの方が怖いんだと思う」

 

 自分のそんな言葉を誤魔化すように笑ってみせる柿原は、俺の思う超人陽キャなどではなく、ただの恥ずかしがりやな少年にしか見えなかった。

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