19-4
「……ほら、やるよ」
「え?」
俺は手の中にあったクマのぬいぐるみを、ミアの方へと差し出す。
「お前の金で取ったんだから、お前の物ってことだろ? ほら」
「い、いやいや。君の力で取ったんだから、それは君のだよ」
「俺がもらってどうすんだよ……ぬいぐるみなんて飾っとく趣味はねぇぞ?」
「ボクも別に集めているわけじゃないんだけど……」
彼女はクマのぬいぐるみと俺の顔を何度か見比べる。
それから恐る恐ると言った様子で、俺の手からぬいぐるみを受け取った。
「まあ……君がくれるって言うなら、もらっておこうかな」
「だから最初からお前の物————って、まあいいか」
どういう口実であれ、受け取ってくれるならそれでいい。
男でもぬいぐるみを集める人はいるし、それを否定するつもりもないが、ただ単に俺にはそういう趣味がないという話だ。
どうせ押し入れにでもしまってしまうなら、俺以外の誰かの手に渡った方がよっぽどマシである。
「……ありがとう、りんたろー君」
ミアはどこか嬉しそうに、俺から受け取ったぬいぐるみを抱きしめる。
ラーメンを食べていた時に近い、あどけなさの残る表情だ。
こんな姿を見ることができただけで、ぬいぐるみを取った甲斐があったと言える。
————ただの運だけど。
「他にやってみたいゲームはあるか?」
「あ、えっと……ここにはプリクラってあるかな?」
「ん? ああ、多分奥のコーナーにあると思うけど」
「一緒に撮ってくれないかな? 恋人っていうのは、二人で撮ったプリクラを携帯の裏に張ったりするんでしょ?」
いつの時代の話だ、それ。
いや、もしかしたら最近でもあるのか?
(……あまりこの話に触れるのはやめておくか)
どこかで誰かの地雷を踏みそうな気がして、俺は思考を打ち切る。
「ミアがそれをやりてぇって言うなら付き合うぞ。その、恋人らしくできるかどうかは分からねぇけど」
「ありがとう。何事も体験が大事だし、ともかくやってみたかったんだ」
店の奥に進んでいけば、やはりプリクラコーナーは存在していた。
念のため噂で聞いた男子禁制などの制約がないか確認してみたが、そういうものは定められていないようだ。
「りんたろー君、あっちが空いてるよ」
いくつかの台が埋まっている中、ミアが指した台にはまだ誰も入っていない。
夏休みとは言え利用している客が多いことに驚きつつ、俺たちは垂れ幕のような布を潜り、機体の中に入る。
「一回四百円か。普通のゲームよりは高いんだね」
ミアが目の前で百円玉を投入していく。
するとアナウンスが起動し、俺たちに指示を出し始めた。
『二人の指でハートを作って!』
————は?
「ふーん、ポーズって指定されるんだ」
「おい、どうするんだ⁉ 何かカウントが始まったぞ⁉」
「とりあえずやってみるしかないね」
アナウンスがシャッターまでのカウントを開始した中で、ミアは冷静にハートの片側を指で作る。
さすがはアイドル。写真には写り慣れているようで、こういう時は冷静だ。
しかし俺はそうはいかない。
きょどった態度のまま、俺は恐る恐るミアの手に自分の手を合わせる。
『3、2、1!』
シャッターらしき音が響く。
どうやら今のポーズで撮られたらしい。
『次は肩を寄せ合って!』
何故こうも密着するような要求ばかりするのだ、貴様は。
「うん、確かに恋人らしい遊びかも。この先も全部指示通りにやってみようか」
「……ああ」
ピタリと、ミアの肩が俺の肩に触れた。
胸がときめくような青春の波動を感じる暇などなく、純粋な恥ずかしさだけが攻めてくる。
加えてこの光景が写真に残るせいで、恥ずかしさはさらに加速していた。
『次は二人で抱き合って!』
もうシバいてやろうかな、こいつ。
「これはさすがに少し恥ずかしいね」
「いや、やるのかよ?」
「物は試しだって。ね?」
手すら繋がなかったのに、抱き合うことはできるのかと自分に問いかける。
いや、無理だろう。
ただ————手を繋ぐことを拒否したのは、周りの目があったからだ。
言い訳ができなくならないように、見た目だけは友達と言い張れる距離感を保つ必要があった。
しかし今は厄介な周りの目がない。
(……だとしても)
俺は一歩だけ、ミアから距離を取った。
「……そっか、これはできないか」
「悪いな。嫌ってわけじゃねぇけど、付き合ってもねぇ女と全身で密着するのは難しいわ」
「一緒にお風呂に入るところまではよかったのに?」
「そう言われると返す言葉がねぇな」
嫌じゃないってのは本当だ。
こんな絶世の美女と抱き合えるだなんて、男としてはむしろ最高に嬉しい。
だけど、どうしてだろう。
それを意気揚々と受け入れられない。
「……うん、いいよ。むしろ君がしっかりしていて安心した」
「しっかり……してんのかねぇ?」
「そもそもお風呂に一緒に入ったのも、何でも言うことを聞かせられる権利を使って無理矢理やってもらったことだしね。今日はもうデートしてもらっているだけでお願いを聞いてもらってるようなものだし、駄々はこねないよ」
ミアはそう言って、諦めたように笑う。
それに対して俺が言葉を返そうとすると、彼女は自分の人差し指を俺の唇に当てることで、その言葉を遮った。
「た、だ、し。次のポーズ要求は絶対にやってもらうよ」
「……駄々はこねないんじゃなかったか?」
「これは正当な要求だと思うけどね」
ミアはいたずらっぽく笑い、カメラに向き直る。
まあいいか、それくらい。
精々簡単な指示が来てくれることを願いつつ、俺も次の指示を待った。
『次はお姫様抱っこ!』
————かろうじてセーフ。
「あははっ、面白いポーズだね。うんうん、お姫様かぁ」
「ふぅ……それくらいなら俺も大丈夫だ」
「そっか。じゃあ、力を抜いてもらおうかな?」
「え?」
ミアは俺に一歩近づくと、膝と首の裏に手を伸ばそうとする。
俺はその動きからとっさに距離を取り、信じられない者を見る目で彼女を見た。
「どうして避けるんだい? これはできるんでしょ?」
「いや、いやいやいや! 何でお前が抱き上げる側なんだよ!」
「ボクは王子様キャラだし?」
何を当たり前のことをと言いたげな表情で、ミアは首を傾げている。
確かにミアはミルフィーユスターズの中ではクールキャラで、巷では王子とまで言わているらしい。女子のファンが三人の中では一番多く、男性ファンと女性ファンの間で論争が起きることも多々あるそうだ。
だからと言って、この場で俺が姫様側になるだなんて冗談じゃない。
「はぁ……俺が抱き上げる側、お前が抱き上げられる側。オーケー?」
「え……?」
「え? じゃねぇよ! 俺は絶対にそこだけは譲らねぇからな!」
そう強く言葉で主張しつつ、俺はミアが呆気に取られているうちに、たった今彼女にされそうになったことをそっくりそのまま返すことにした。
膝の裏と首の裏に手を添え、すくい上げるようにして一気に持ち上げる。
「きゃっ……え? え?」
「ほら、これでいいんだろ?」
女体の神秘というやつか、やはりミアの体も他の二人と同様想像以上に軽く感じる。
実際はそんなことないだろうけれど、このまま抱き潰してしまえそうなほどに手から伝わる感触は細い。
そんな感想を俺が抱いていれば、カウントと共にプリクラのシャッターが切られた。
「————満足か?」
これで要求は果たしただろう。
確認のため、ミアの顔に視線を落とした。
「あ…………う、ん」
持ち上げたことで思いのほか近い位置にあったその顔は、真っ赤に染まっている。
どこか潤んだ目は俺の目を真っ直ぐ捉えており、どこか気恥ずかしい。
しばらくそのままでいれば、次のシャッターが切られてしまった。
さすがに二枚同じ格好の写真が並ぶのはもったいない。
そう思った俺は、ゆっくりと彼女の体を真っ直ぐにして、床に立たせた。
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