14-2

 ごま油を敷いたフライパンの上に四人分の麺をぶちまけ、一口大に切った野菜と肉と一緒に炒める。塩胡椒、少量のニンニクと醤油で味をつけ、とりあえずは完成。

 いつもならここに付け合わせの一つでも考えるのだが、ここまで来るだけでずいぶんと体力を使ってしまったため、こういう部分で少しサボらせてもらおう。

 

 それにしても――――悪くないな、アイランドキッチン。

 ガスコンロではなくIHであったため勝手がずいぶんと違ったが、慣れてみると調整がしやすくて大変便利だ。

 それに加えて、新しい家のキッチンよりもだいぶ広い。やはり動きやすいのは正義ということか。


「あれ、いい匂い。りんたろーがご飯作ってるの?」

「おう。もうできたから、さっさとテーブルに座れ」

「でかしたわ!」


 Tシャツに短パンという姿で現れたカノンが、階段の途中から飛び降りる。ずいぶんと高さがあったのにそれを意に介していない様子を見ると、やはり並外れた身体能力だなと再認識させられる。


「相変わらずりんたろーくんはササっと作るね……ボクじゃ到底真似できないよ」

「こんなもん世の中の専業主婦の皆さんに比べればまだまだだぞ。俺はまだ修行中だ」


 分かりにくいかもしれないが、世の中の主婦と主夫は本当に毎日素晴らしい仕事をしている。いつまでも俺はそんな先人たちを尊敬し続けているのだ。


「逆に言えば、俺にはお前らみたいなことはできないしな。これもまたお相子ってやつだ」

「ふむ、それもそうだね」

「とりあえず食え。量は少ないが、寝起きのお前たちのことを思ってのことだ。文句言うなよ。代わりに夕飯ははち切れんばかりに食わせてやるから」


 テーブルにできたての焼きそばを並べ、俺たちは食事を始めた。

 ひと玉程度の麺ではやはり彼女らにとっては大した量ではなかったらしく、一瞬にして皿の上から消えてしまう。

 その分夕飯はBBQにして、たらふく食わせてやろう。


「「「ごちそうさま」」」

「あい、お粗末様」


 声を揃えて告げた彼女らの皿を重ね、自分の分と共に流しへと持っていった。

 そのまま洗い物を始めた俺の隣に、何故か玲がやってくる。


「凛太郎」

「んだよ?」

「この後海で遊ぶから、着替えて外に集合してほしい」

「……早速か」


 時刻は十三時。確かに海に入るならもってこいの時間だろう。

 相変わらず外は暑そうだ。


「昨日まで撮影で使っていた水着、そのままもらった。この前のお風呂の時とは違うから、期待しててほしい」

「……おう」


 淡白に思うことなかれ。ここで「おう! 期待してるぜ!」とは言えないだろ。照れるわ。


「おや、そういうことならボクも自信あるよ。衣装のプロに選んでもらった水着だからね」

「あたしだってとびっきり可愛いやつを選んでもらったんだから! 期待していいわよ! りんたろー!」


 そう言って上の階に着替えに行く二人。

 そしてそれについて玲も上がって行ってしまう。

 

 取り残された俺は洗い物を終え、一人ため息をついた。


 一体いくら払えば、こんな鼻血モノのシチュエーションを楽しめるのだろうか。トップアイドル三人の水着姿に囲まれる――――もはや俺のような一般人には手に余る状況である。

 嫌というより、幸せというより、荷が重い。

 ファンに見つかったら総叩きに遭うんだろうなぁ。そう思うと、もはや寒気がする。


「……ま、だったらなおさら今を楽しんでおくか」

 

 どうせ人生における泡沫のような時間なのだ。せっかくなら謳歌してやろう。


◇◆◇

 一足先に着替えを終え、サンダルを履いて砂浜へ向かう。

 海パン一丁になっても、暑いものは暑い。

 じりじりと肌が焼けていく感覚をひしひしと感じながら、俺は海へと目を向けた。


「……何年ぶりだ?」


 映像や画像以外で海を見たのは、本当に十年ぶり――――下手したらそれ以上だ。そもそもいつ見たのかすら覚えていない時点で、遠い昔の話ということは理解してもらえるだろう。

 うん、改めて目の当たりにすると、年甲斐もなく気持ちが昂ってきた。

 水自体も比較的綺麗で、波も静か。泳ぐにはもってこいのシチュエーションだろう。

 

 ともあれ、ここで彼女らを待っているわけだが、すでにもう少し家の中にいればよかったと後悔し始めた。

 汗が止まらん。

 このままではまずいと思った俺は、家の中で準備してきたクーラーボックスを開く。柿原たちとのプールの時も気を付けていたが、水中では自分が水分を失っていることに気づきにくい。だからこうしていつでも飲める位置に水分を用意しておく必要がある。こんな人気のないところで体調を崩すのはかなりまずいからな。


「……ん」


 水を飲みながら待っていると、コテージの方角から足音が聞こえてくる。

 振り返れば、そこには三人の女神・・・・・が立っていた。


「りんたろーくん、お待たせ」


 そう言って手を振ったのは、黒い水着を身に纏ったミア。

 胸を支えるための左右の布同士を靴紐のように同じ色の紐が繋いでおり、下の水着に関しても左右の腰の部分を同じく紐が繋ぎ合わせていた。

 いわゆるレースアップというやつだろう。

 紐で繋がれた部分の下には当然布がなく、鮮やかな肌色が露出していた。それによって、布面積が多い印象を受けるのにセクシーさを一切欠いていない。そしてそんな硬い印象を抱く黒い水着を着こなせるのは、ひとえにミアのプロポーションのおかげだろう。

 大きさだけで言えば玲にほんのわずかに劣るが、ミアの胸元はしっかりとした主張を持っていた。ちょうど谷間に橋をかけるかのように布を引っ張り合っている紐が、言葉を選ばずに言うのであれば"エロい"。


「ふっふっふ……! 存分に見惚れていいわよ! あたしの水着に!」


 腰に手を当てて胸を張るカノンは、これまた彼女自身の魅力を大いに引き出す水着を着ていた。

 オフショルダーと同じように肩紐がないタイプの水着で、下から支えるタイプの水着と違い横から胸を中心に寄せる形で支えている。

 確か名称は、バンドゥビキニだったかな? 正直もうここまで来ると俺の知識では曖昧だ。

 すらりと伸びる引き締まった足は何とも健康的で、自然と視線が惹きつけられる。カノンの特徴である明るく飛び回るイメージと、本来は共存しにくいであろう女子らしさが見事にマッチしていた。

 

「凛太郎……どう?」


 そして最後の一人————。

 玲はこの前の黒とは正反対の、白い水着を着ていた。そんな布の中に細かい水色の刺繍がほどこされており、それが鮮やかなアクセントとして機能している。

 水着の形は、もっとも一般的に思い浮かべられるスタンダードなビキニ。三角の布が豊満な胸を支えており、綺麗な谷間を強調している。

 面積の少なさで言えば、カノンとわずかの差で玲が一番だ。故に、彼女の白い肌が遺憾なく晒されている。その白さはもはや人ならざる者――――ファンタジー世界などにおけるエルフを想起させる。

 

 まあ、実物なんて見たことねぇけど。例えるならの話だ。


「お前ら……俺に一生分の運を使わせる気か?」

「んー? それは誉め言葉かな?」

「俺の中ではな。どれだけ徳を積んだらお前らみたいな美女三人と海に来れるんだよ……って思ってる。似合ってるよ」

「お……う、うん。何かそんなにストレートに言われると……その、うん」

 

 ミアはガッツリと褒められ過ぎるとキャパオーバーを起こすタイプか。

 それと対照的なのは、ニヤニヤとした表情を浮かべる赤いツインテール娘。


「あら! あらあらあら! もしかして今日ばかりは本気で見惚れちゃったー⁉ もしかして水着フェチかしら! それならもっと近くで見てもいいのよ? いいのよ?」

「発言が婆臭いんだよなぁ……」

「はぁぁあああ⁉ ぴちぴちのJKなんですけどぉぉぉぉ⁉」


 ぴちぴちとか言っちゃうところがまた古臭いんだよなぁ。

 玲もミアも頷いているところを見ると、二人とも同意見らしい。

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