13-2

 二階堂がウォータースライダーに乗りたいと言い出した時に、俺には一つの柿原の恋を応援するプランが出来上がっていた。

 五人で大型のウォータースライダー乗り場へと向かう。


『このウォータースライダーは二人ずつのご案内となります! 二人並んで列にお並びください!』


 列の最後尾へと向かった俺たちに、係りの女性がそんな風に声をかけて回っている。

 このウォータースライダーは、長い滑り台を二人組で浮き輪に掴まって滑っていくシステム。このシステムこそが俺の狙いだった。


「二人組だってよ。どうする?」

「あー、一人余っちゃうね」


 堂本と野木がどうしたものかと頭を悩ませている。

 柿原に関してはチラチラと二階堂の方を見るばかりで、何も言い出さない。

 ヘタレと思わないこともないが、むしろこんなシチュエーションで一緒に乗らないかと誘える人間がいたら、そいつには心臓に剛毛が生えていることだろう。

 だから任せろ、柿原。まずは奇数の問題を解決してやる。


「あ、ごめん……言い出しといてなんだけど、俺高所恐怖症なんだ。できればこいつは遠慮したいなって思ってたんだよね」

「え⁉ そうだったの⁉」


 二階堂が驚いた様子で声を上げる。

 高所恐怖症自体は嘘なのだが、こう言っておけば少しは納得してもらえる確率が上がるはずだ。


「おいおい、じゃあ別のところ行こうぜ。乗れねぇなんて寂しいぞ?」

「いやいや、ここは四人で行ってきてよ。俺のせいで四人が乗れなかったなんてことになったら嫌だからさ。それにウォータースライダーは他にもあるし、ここが終わったらそっちで付き合ってよ」

「あー、そうなんか。……んじゃお言葉に甘えっかな! 俺ずっとこいつに乗ってみたかったんだよ!」


 よし、いいぞ堂本。豪快な物好きなお前なら、この施設最大のウォータースライダーを逃す気はないと思っていた。

 そして一人が乗り気になれば、もう一人確実にその流れに乗る人物がいる。


「まあ並び始めちゃったし、ウチもずっと乗りたいって思ってたんだよねー。志藤、申し訳ないけど待っててくれる?」

「いいよ。みんなが飛び込んでくるところちゃんと見てるから」

「言ったなー? じゃあかっこよく飛び込んじゃおっと!」


 これで野木も陥落。

 ここまで外堀を埋めたら、舞台は完全に整った。

 俺は柿原に視線を送り、一つウィンクを送る。「今だ、行け」という意味を込めて。

 それに気づいた柿原は表情をパっと明るくすると、嬉しそうに頷く。


「あ……梓! 一緒に乗らないか?」

「え?」


 意を決して、柿原が二階堂に声をかける。

 これこそが俺の、ウォータースライダーでラブラブ大作戦だ。我ながらクソださいけど。


「あ……う、うん。いいよ?」

「————っ! じゃあ早速並ぼう!」


 俺は見逃さなかったぞ、柿原。お前のそのガッツポーズを。

 

「えー! じゃあウチ竜二とぉ? アズりんとがよかったなぁ!」

「ふっ……まあいいじゃねぇか。一回くらいは俺で我慢しろよ」

「え⁉ あ……うん。まあ、いいけど」


 いつになく大人っぽい声色で言った堂本に、野木が照れている。

 対する堂本は、俺と柿原に交互に視線を送った後、俺にだけ見えるように親指を立てた。


 ああ、なるほど。親友の恋路くらいはお見通しってことか。


「じゃあ……志藤君、行ってくるね」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 こちらをチラチラと見てきていた二階堂に手を振って見送る。

 二人ずつになって並ぶ彼らに背を向け、俺はちょうどスライダーが終わる受け皿用のプールの淵へと移動した。

 ここならちょうどスライダーから飛び込んでくる彼らの姿を見ることができる。


(……何してんだろ、俺)


 プールサイドにぺたんと座り込み、ボーっと揺れる水面を見つめる。

 一人になってみると、改めて自分の行っていることのくだらなさが浮き彫りになっていた。

 そもそもの話、俺が行っている手助けは当然ながら柿原しか得をしない。初めから彼に気がない二階堂としては、もしかすると迷惑極まりない行動なのかもしれない。


 外堀を埋められる苦しさくらいなら、俺でも分かる。

 今俺がしていることは、彼女の気持ちを蔑ろにしているのと同じことなんじゃないだろうか。


「わっかんねぇな……」

 

 最初は二階堂の気持ちを逸らせるために協力しようと思った。だけど今は柿原自身と少しだけ距離が縮まり、素直に応援したいという気持ちもわずかながらに存在する。


 人の恋路を青春と言うのなら、この状況もそうなのだろうか。

 青春というものは、思ったよりも残酷なものなのかもしれない。

 

 つくづく向いていないなと、俺は自分で自分を嘲笑した。


「「やっほぉぉぉぉ!」」


 いつの間にか彼らの番が来ていたようで、目の前のプールに野木と堂本が飛び込んでくる。

 水しぶきを上げた二人は互いに水面から顔を出し、けらけらと楽しそうに笑っていた。


「あ! 志藤! ウチらの飛び込みどうだった⁉」

「ああ、すっごい派手だったよ」

「でしょー! やったね竜二!」


 うぇーい、と二人は拳を突き合わせる。

 彼らは浮き輪を係りの人に返してプールサイドに上がり、俺と共に後から来るもう二人を待った。


「ねぇ、志藤?」

「ん?」

「志藤ってさ、もしかして祐介の気持ちに気づいてる?」


 俺と堂本の間に挟まれている野木が、ウォータースライダーの方へ視線を向けながらそう問いかけてきた。

 しばしの思考。横目で堂本を見ても止めようとしてこないことから、俺は正直に頷いた。


「うん。本人から協力してほしいって言われてる。二人は元々知ってたんだね」

「まあね。ずっと四人で遊んでるから、さすがに気付くよ。むしろアズりん本人が気づいていないのが不思議なくらい。……ま、自意識過剰って思われたくなくて気づかない振りしてるだけかもしれないけどさ」


 それは――――確かにあるかもしれない。


「俺もずっと近くで見てたんだけどよォ……あいつら誰がどう見てもお似合いなんだよな。けど祐介の野郎も奥手だし梓も気づいてねぇしで、ずーっと悩まされてきたんだよ」

「……まあ、その気持ちは少しだけ分かるよ」

「だろ? だからさっきお前が上手いことウォータースライダーに誘導してくれた時にさ、よくやってくれた! って思ったんだぜ」


 堂本のその言葉に、隣で野木も頷く。


「ウチと竜二ってさ、ほら、こう豪快なイメージあるじゃん?」

「ま、まあそうかも」

「だから祐介の気持ちがイマイチ理解できなくてさ。早くぶつかっちゃえばいいのに! って思っちゃうんだよね。他人事だからかもしれないけどさぁ。今のまま過ごしてたらずーっと関係性は変わらないだろうし、進みたいなら痛い思いだってする覚悟がないと駄目だって思わない?」


 正論だとは思う。ただそれを口にできるのは、間違いなく他人事だからだ。

 俺には柿原の気持ちも分かる。

 根はまったく違う人間だし、考え方もまったく異なるけども、今までの関係が壊れるかもしれないという恐怖は誰にだって理解できるはずだ。


 そして、二人の話を聞いていて俺は理解した。してしまった。


 柿原は自分で気づいている。

 二階堂の気持ちが自分には向いていないと、心のどこかで気づいている。

 だから踏み込めない。踏み込めなかったんだ。

 傷つくことが嫌だから、恐ろしいから。


 彼は周りから――――俺たちから、傷つく勇気を欲しがっている。


 そうして傷ついた先で、彼ら四人の関係はどうなってしまうのだろうか。

 案外友達のまま変わらずに過ごしていけるかもしれない。

 そうはならず、もう取り返しのつかないほどに壊れてしまうかもしれない。

 

 そんな友情の分岐点に自分が関わりそうなこの状況に、俺は少なからず恐ろしさを覚え始めていた。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る