13-1 これが青春というのなら

 どうして俺は、こんなところにいるのだろう。

 

 さっきからずっとそんなことを考えていた。

 目の前に広がるのは、素肌を晒した楽しげな人間たちと、透き通った広大なプール。

 

 痛いくらいの夏の日差しを全面に浴びながら、俺は早くもここへ来たことを後悔し始めていた。


「どーだ! 祐介! 凛太郎! この鍛え上げた俺の肉体美!」

「はいはい。恥ずかしいから落ち着いてくれよ、竜二」


 俺と同じプールサイドに立っているのは、同じクラスの堂本竜二と、柿原祐介。

 今日は彼らに誘われたプールの日。

 玲への水着のお披露目が終わった俺は、晴れてこの数々のプールが並ぶ大型施設に来ることができた。


「堂本く――――じゃなかった、竜二君って柔道部だったよね。やっぱり鍛え方が違うのかな」

「そう言う凛太郎も、帰宅部の割にはしっかりしてんじゃねぇか! 今からでも柔道部に入らねぇか?」

「いやぁ、勝負事はあんまり得意じゃなくて」


 さっきから頻繁にポージングを決める堂本からの誘いを、やんわりと断る。

 別に柔道だからやりたくないとか、そういう話ではない。

 元々優月先生の下でバイトをしているという事情もあるが、今はそこに加えて玲の世話もある。部活に参加できない事情は盛り沢山だ。


「それにしても、梓たち遅いな……」

「まあ仕方ないんじゃないかな。女性って準備に時間がかかるって聞くし」

「そうだな……」


 すでに水着に着替えている俺たちは、このプールサイドにて更衣室から出てくるであろう女性陣を待っていた。

 もちろんその女性陣とは、二階堂梓と野木ほのかである。


「お、来たぞ!」

 

 堂本の声で顔を上げれば、ちょうど更衣室から見知った顔が二人ほど出てきた。

 隣で、柿原が見惚れている気配がする。

 

「お、お待たせ」

「ごめんねー! 日焼け止め塗るのに時間かかっちゃった!」


 二階堂は水色と白のフリルがついたビキニ。そして野木の方は、黄色いオフショルダータイプのビキニを身に纏っていた。

 どちらも素材がいいこともあり、大変よく似合っている。

 特に柿原にはぶっ刺さっていることだろう。


「に、似合ってるな、梓」

「そう……? ありがとう、ちょっと安心したよ」


 ホッとした様子で胸を撫で下ろしている二階堂の横で、野木が声を上げる。


「えー! アズりんだけー⁉ ウチはウチは⁉」

「も、もちろん! ほのかも似合ってるぞ」

「にしし、でしょー?」


 催促したものの、野木も柿原に褒められてご機嫌なようだ。

 実際のところ、柿原の気持ちに嘘は一つもないだろう。

 ただ彼の視線はさっきからチラチラと二階堂の方へと引き寄せられていた。何と分かりやすいことか――――。


「し……志藤君!」

「ん?」


 嫌な予感を覚えながら、俺は自分を呼んだ二階堂の方へ視線を向ける。

 彼女はずいぶんと照れた表情を浮かべながら、もじもじと手をすり合わせていた。


「似合ってる、かな……?」

「あ、ああ! うん、すごく似合ってるよ。フリルがひらひらしてて可愛いね」

「っ! よかったぁ……志藤君の好みとかまったく分からなかったから、すごく悩んだんだよね」


 馬鹿、やめろ。ここでそんなこと言うな。柿原が凄い顔でこっち見てるから。


「おいお前ら! 向こうのプールで競争しようぜ!」


 堂本、お前マジでなんも考えてねぇな。


「いいよ! 負けたら屋台の焼きそば奢りね!」

「お! いいねぇ! やってやろうじゃねぇか!」


 何でだよ、やりたくねぇよ。

 やる気のある二人は残った俺たちのことなど気にもせず、25メートルプールの方へと向かってしまう。

 残ったのは気まずい俺たち三人なのだが、こうなるのであれば嫌々だとしても俺も堂本達に混ざりに行くべきだ。そうすれば運動が苦手な二階堂はここに残るはずだから、柿原と二人きりにしてやれる。


「じゃあ、俺も――――」

「勝負事って言われると……何だか混ざりたくなるんだよなぁ」

「え……⁉ おい!」

「竜二! ほのか! 待ってくれー!」


 馬鹿ぁぁああああ! 何でお前が行くんだ柿原ぁああ!

 お前二階堂と二人きりになりたいんじゃないのか⁉ アピールしたくないのか⁉

 何がとまでは言わないが、多分そういうところだぞ柿原ァ。


「……行っちゃったね」

「あー……そうだね。二階堂さんは行かないの?」

「私はあんまり速く泳げないから、遠慮しようかなって。後でウォータースライダーとか乗れればそれでいいよ。志藤君は?」

「俺は、そうだなぁ」


 二階堂に視線を送る。

 彼女との距離を保ちたいのであれば、ここで俺も奴らの競争とやらに参加すべきだ。ただ、あまり気が強くはなさそうな彼女を一人にするのはあまりにも忍びない。

 最近自分の目の前でナンパされた人間を目にしてしまったからこそ、妙な心配をしてしまう。


「二階堂さんを一人にはしたくないし、一緒にいるよ。俺もあんまり競争とか好きじゃないしね」

「え⁉ や……優しいね、志藤君」

「そうかな? 普通だと思うけど」


 この程度で褒められても困る。

 玲が男二人組に絡まれているのを見た時、俺は如何なる事情があろうともできる限り女性を一人で残すべきではないと学んだ。もちろん、自分たち以外の不特定多数の人間が周りにいる場合に限るけども。


「二階堂さん、ナンパとかされても中々強く断れなさそうだし」

「あはは……その通りかも。私結構押しに弱いみたいで、塾の帰りに声かけられちゃうの。そういう時は同じ塾にいる柿原君が守ってくれたりするんだけどね」

「へぇ、っていうか二人は同じ塾だったんだ」

「うん。一年生の頃から仲良かったのは、通ってる塾が同じだったからなんだよね」


 なるほどな。

 こう聞くと、柿原はだいぶ環境に恵まれているように思える。つまるところ、あいつは転がってくるチャンスを物にできていないだけなのかもしれない。


「じゃあ祐介君は、二階堂さんにとっての王子様なんだね」

「それは違うかな」


 ————そっかぁ。


「と、とりあえず! 三人は焼そばを賭けてるみたいだから、俺たちは飲み物の用意くらいしてあげよっか。三人の好みとか分からないから、二階堂さんに選んでもらっていいかな?」

「あ、確かに。やっぱり志藤君は気が利くね」

「ははは、普通だよ。普通」


 笑って誤魔化しながら、俺は二階堂と共に売店の方へと向かう。

 堂本と野木のためにコーラ、柿原のためにラムネを購入した。

 

 ちなみに、二階堂は柿原の好みを把握していなかった。この事実に関しては、俺が墓場まで持っていこうと思う。


「くそ! 負けた!」

「やーい! ほのか様に勝とうだなんて、十年速いっつーの!」


 飲み物を抱えた俺たちが25メートルプールの方へ向かえば、ちょうど勝負が終わったらしくそんな声が聞こえてきた。

 どうやら野木が勝ったらしい。さすが毎度体育で玲に次いで周りを沸かせているだけのことはある。


「あれ、梓と凛太郎……どこ行ってたんだ?」


 俺たちの合流に気づいた柿原が、不安そうに問いかけてくる。

 うーん、こいつは俺が思っているよりもポンコツなのかもしれない。


「飲み物買ってきたんだよ。ほら、実はプールって脱水症状になりやすいって言うでしょ? ちゃんと休憩は挟んでほしいからさ」

「えー! 二人ともすごい気が利くじゃん! ありがと!」


 プールサイドに上がった三人に、それぞれ飲み物を渡す。

 全力で泳いだ後だからか、彼らは何とも美味そうに俺たちの買ってきた飲み物を流し込んだ。


「ぷはぁ! 生き返るぜ!」

「運動した後の炭酸サイコ―!」


 堂本と野木がそんな声を上げる。

 ぶっちゃけ激しい運動の後に炭酸飲料を飲むのはそんなに褒められたことではないと思うが、わざわざ体を追い込むような運動をするわけでもないし、野暮なことは言うまい。


「つーかさ、これ結局どうなるんだ? 俺と祐介がほのかに焼きそばを奢んのか?」

「そりゃちょっと甘くない? 飲み物買ってもらったんだし、アズりんと志藤の分の焼きそばも買うってのはどう?」

「うげっ、でも確かにそれなら平等だな……仕方ねぇ! 負けた奴に発言権はねぇからな!」


 あれよあれよという間に、俺たちの昼飯代が浮くことになった。

 ジュース代よりも焼きそばの方が高いわけで、これに関しては俺は得をする。このまま話に乗っておこう。ケチ臭いとか言うなよ。


「まあ奢ることに関しては俺もいいよ。じゃあ焼きそばは昼時にまた考えるとして、次はどこに行く?」

「うーん、流れるプールとか? あっちにあったけど」


 柿原と野木が話をまとめようとしているところに、俺は「あっ」と思い出したかのように声を上げる。


「そう言えば二階堂さんがウォータースライダーに乗りたいって言ってたんだけど、行ってみない? 他の皆から特に希望が出ないなら、先にどうかなって」

「え、そうなのか?」

 

 柿原が二階堂の方を見る。

 彼女は少し驚いた様子で俺の見ていたものの、周りから見られていることに気づいて照れ臭そうに頬を掻いた。


「う、うん……あんまり泳ぐのは得意じゃないから、そういうので遊べたらいいなって思ってて」

「よし! じゃあウォータースライダーだ! 今からウォータースライダーに行くぞ!」

「いいの?」

「もちろんだ! 竜二とほのかもいいよな?」


 彼が問いかければ、二人はそれぞれ乗り気で頷く。

 よし、これでシチュエーション自体はほぼ整った。

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