11-2

「志藤君は……どんな子がタイプなの?」

「俺のタイプ?」


 クールダウンのために飲んでいたメロンソーダをテーブルに置き、俺は二階堂から投げられた質問の答えを考える。

 好きなタイプ、か。正直考えたこともなかった。

 まず異性として好きになった人物が思いつかない。幼稚園の頃によく遊んだハナちゃん(曖昧)くらいだろうか? 小学校に上がってからは母親の一件があったから、異性と接すること自体がそんなに楽しいことだと思わなくなった。恋愛感情を持たなくなったのも、ちょうどその頃である。


「うーん……笑顔が可愛い人、かな」


 俺は何とか振り絞って、そう返す。

 この前テレビを見ていた時に、俳優がその場しのぎで言っていた言葉をそのまま言ってみた。

 実際はここに"俺を養ってくれる人"という項目が追加されるのだが、さすがにこれを言うには彼女との関係がまだ浅すぎる。


「ほ、他には⁉」

「他に⁉」


 何だこいつ。一応答えたんだから引き下がってくれよ。


「えっと……じゃ、じゃあ……頼ってくれる人とか? 肝心な時に抱え込まないでくれたり、苦しい時は苦しいってちゃんと言える人じゃないと安心して付き合えない、かも?」


 とっさに言った言葉にしては、思いのほか自分の本音が出た。

 相手が苦しかったり辛い思いをしているのに、パートナーになった自分がそれに気づかずのうのうと生活する。そんな情けない話があるだろうか?

 少なくとも俺は、相手が悩んでいることには相談に乗りたいし、助けられるもんなら助けたいと思う。

 もちろん言いたくないことなのであれば言わなくてもいい。ただ、俺に迷惑をかけると思って言わないのなら、それは止めて欲しいという話だ。


「それって……結構難しい、よね?」


 彼女の口から飛び出してきた意見に、俺は目を見開く。

 ちょうど俺の考えと同じだったからだ。


「ああ、多分ね。俺自身人に頼るのはそんなに得意じゃないし」


 利用できるものは全部利用する精神の方が合理的なのは理解しているが、人間そう簡単にそんな風にはなれないもんで。


「結局好みだけ話すっていうのは難しいんだろうな。好きな人が好みのタイプなんてのはあながちその場しのぎの言葉ってわけじゃないのかも」

「うん、そうかもね」


 二階堂は楽しそうに笑う。

 これでどうやら普通の雑談に持っていけそうだ。窮地は脱したと思っていいだろう。


「まだご飯頼んでなかったよね? 今日は俺が奢るよ。——と言っても、安いファミレスだけど」

「え⁉ そんなのいいよ! むしろ私が奢るつもりで来たのに……」

「いいって。女の子の前でかっこつけたくなるのは、男の本能みたいなものだから」

「う、うーん……そう言ってくれるなら」


 よし、これで二階堂に好印象を与えることができたなら、ファミレスの飯代くらい安いもんだ。頼むからもう二度と玲との話を持ち出さないでくれよ。ミ○ノ風ドリアならおかわりしていいから。


 それぞれメニューから注文した俺たちは、雑談に花を咲かせながら食事を楽しむ。

 意外と二階堂は喋ることが好きなようで、比較的彼女を中心に話が進んでいった。友達、それこそ柿原や堂本、野木の話を楽しそうに語り、顔を綻ばせる。

 本当に彼らのことを大事に思っているようだ。友達として・・・・・

 そして時間は進み、やがて進路の話になった。

 

「へぇ、二階堂さん早慶上智を狙ってるんだ」

「うん。せっかく偏差値の高い高校に入れたんだし、できるだけ上を目指したくて」


 東京の大学の中では超難関校に位置する大学の並び、それが早慶上智。

 俺がその大学に入りたいと願っても、並大抵の努力では相手にもされないだろう。

 二階堂は体育以外の成績がすこぶるいい。テストの点数だけで言えば、毎回必ず学年五位以内には入っている。体調次第でかなり点数の変動が見られるらしいが、それでも五位以内に収まってくるのはさすがとしか言いようがない。

 ちなみに毎回その上位争いに我らが親友である稲葉雪緒も食い込んでいるのだが、これに関しては完全に余談である。


「すごいなぁ。目標が高いのってすごく憧れるよ」

「志藤君は? 行きたい大学ってあるの?」

「うーん……中央大学、かな。今のところはあまりやりたいこととか思いつかないし、とりあえず選択肢が広がる学校に行って様子見って思ってるよ」

「"GMARCH"かぁ。じゃあ志藤君とは大学でお別れなんだね……」


 おい、そこで落ち込む必要はないだろう。


「そ、そんな、大袈裟だよ。ほら、ラインでだってやり取りできるわけだし、またこういう風にご飯とかなら付き合えるからさ」

「また誘ってもいいの?」

「もちろん。あ、でも二階堂さんに彼氏ができたら遠慮させてね。その人に申し訳ないからさ」


 その相手が柿原になるかもしれないのだから、この想いはなおさら強い。あいつに喧嘩を売るような行為はごめんだ。


「か、彼氏なんて……そう簡単にはできないと、思う……よ?」

「……そっかぁ」


 だから瞳を潤ませてこっちを見ないでくれ――――。


 俺はため息を押し殺し、メロンソーダを飲むべくコップを手に取る。

 しかしすでに中身はなくなっており、少し小さくなった氷が音を立てた。


「ちょっと飲み物取ってくるよ。二階堂さんの分もついでに取ってこようと思うけど、何か飲みたい物ある?」


 俺がテーブルに置かれた二階堂の空になったコップを指摘すれば、彼女は驚いた様子を見せた後におずおずとそれを差し出してくる。


「じゃあ……ジンジャーエールを持ってきてもらっていいかな?」

「分かったよ」


 コップを二つ持って、席を立つ。

 

 一旦、場の空気をリセットしよう。

 二階堂の好意の視線は露骨だ。うっかり「もしかして二階堂さんの好きな人って俺だったりしてー!」とか言って茶化そうものなら、そのまま「……うん」とか言われて告白の流れになってしまいそうなほど、気持ちが熟成されているように感じる。

 まあ実際はそこまで気持ちに整理がついているわけじゃないんだろうけど、それでも中々「その気持ちは勘違いだよ」とは誤魔化しづらい。


 "嬉しい"か"嬉しくないか"で問われれば、六対四くらいの割合でわずかに"嬉しくない"が勝つ。

 何たって学年カースト一位の男が好意を抱いている相手だ。下手に勘違いされて奴との仲がこじれても困る。毎日行かなければならない学校が憂鬱になるような事態は避けたい。


 とりあえず落ち着いて、柿原の話題をもっと出そう。

 そして、普段からお前が一緒にいるあの男は周りが喉から手を出してでも彼氏にしたい男なんだぞ、とそれとなく伝えてみるしかない。

 嘘の要素はどこにもないし、何度も根気よく伝えれば気づいてくれる――――はず。


「よし」


 気合を入れて、二人分の飲み物をそれぞれのコップに注ぐ。

 こぼさないように気を付けながら席に戻ろうとすると、そちらの方向から何やら話声が聞こえてきた。


「——梓じゃないか! 一人でファミレスか? 誘ってくれればいいのに」

「そうだぜ! 誘ってくれたら男二人でむさ苦しい思いなんてしなくて済んだのによぉ」


 席の曲がり角を曲がったところで、二階堂が座っている席の前に立つ二人の男の背中が目に入ってくる。

 

 ああ――――考え得る限りで最悪の事態だ。


「ごめんね、でも今日は先約があったから誘えなかったの。柿原君と堂本君は勉強しに来たの?」

「いいや、ちょっと竜二に相談したいことがあって……それよりも、先約ってほのかと? 皿も二人分あるみたいだけど……」

「ううん。今飲み物を取りに行ってくれてて……あ! 戻ってきた!」


 引き返すにも引き返せない状況。

 俺はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。


「っ……! 凛太郎⁉」

「や、やあ……祐介君と堂本君。えっと……奇遇だね」


 両手にコップを持ったまま、引きつった笑みを浮かべる。


 神様――――夏休み初日からこれって、嫌がらせですか?

 序盤からこれは難易度が高すぎるので、よければ後半はいいことばっかりにしてくれませんか? じゃないと割に合わないですよ、いやマジで。

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