4-1 夢の理由
「凛太郎……大丈夫?」
「ん……? ああ、問題ないぞ」
「そうは見えないけどなぁ」
前の席に座る雪緒が、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。
スマホをつけてみれば、時刻は十時半を過ぎていた。
どうやら次は三限目。
ここまでの記憶がないことを考えると、どうやら俺は学校に来てからこの時間まで寝ていたようだ。
「どうしたんだい? ここ数日で日に日に疲れが増しているように見えるけれど」
「いや、昨日からまたバイトが始まったんだけど、ちょうど荷造りと被って忙しくてな……悪いけど、後でノート写させてくれねぇか?」
「それはいいけど……引っ越しでもするのかい?」
「ああ。ちょっと事情があってな……学校は近くなるから、ここさえ乗り切ればかなり生活は楽になるんだけど」
「そうなんだ。じゃあしばらくは遊びに行かない方がいいね」
「悪いな」
「別にいいさ。それよりも、今は保健室に行って寝たほうがいいんじゃないかな。まだ眠そうだよ?」
「いや、今までずっと無欠席だったんだ。こんなところでその記録を終わらせたくない。だからここで寝る」
「何言ってるのさ。出席するなら寝られないよ?」
「え……?」
「ほら、三限目と四限目は家庭科の調理実習だから」
――――完全に忘れていた。
家庭科室へと移動した俺は、黒板に書かれたメニュー表に目を通す。
ハンバーグにたまごスープ、それにサラダをつけるらしい。
ライスもつけるため、だいぶ腹が膨れそうだ。
参ったな、普通に弁当作ってきちゃったよ。
「欠席者は……いませんね。では今から六人一組になっていただきます。材料はそれぞれの台に揃えてありますので、これから伝える手順に従って料理を作ってください。完成したグループから食べてしまっていいですからね」
家庭科の先生がそう指示を飛ばすと、適当に並んでいたクラスメイトたちはぞろぞろと動き出す。六人組か……正直面倒くさいな。
「ねぇ凛太郎、僕と――――」
「稲葉くん! 私たちの班に入ってくれないかな……?」
「え……?」
隣にいた雪緒に、五人組の女子から声がかかる。
その中には、前々からどう見ても雪緒に惚れているとしか思えない女子が一人混じっていた。
確か――――そう、宮本だ。なるほど、他の四人は彼女の恋を応援したいらしい。
「で、でも……」
「行って来いよ。俺たち二人で集まっても、四人集める方が面倒くさいだろ?」
「ま、まあ確かに……でも久々に料理作ってる凛太郎見たかったな」
「また家に来た時に見せてやるから」
「うん……そうだね」
どこか落ち込んだ様子で、雪緒は女子五人のグループに混ざっていく。
女子から誘われて乗り気じゃない男子高校生なんて、このクラスじゃあいつくらいだ。
いや、俺もか。
(さてと……俺も混ぜてもらえそうなところを探すか)
雪緒たちのグループに背を向け、周囲を見渡す。
女子だけで固まっているところ、男子だけで固まっているところ、その辺りのグループはもうすでに六人揃ってしまっている。
ただ焦る必要はない。このクラスは三十六人だから、必ずどこかのグループには入れるのだから。
「あ、志藤! まだ決まってないなら俺たちのグループに入らないか?」
「ん?」
声をかけられて振り返れば、まず眩しいくらいの爽やかフェイスが目に飛び込んできた。
聞くところによると、この前モデルの事務所からスカウトを受けたらしい。
一年生の頃から同じクラスだった俺の印象としては、ただただ”いい奴”。いい奴過ぎて、逆に仲良くなることに抵抗を覚えるレベルだ。こいつといると自分の醜い部分ばっかりが浮き彫りになる。
「柿原君か。俺でいいのか?」
「ああ、もちろんだ。ちょうど五人集まっててね。あと一人だったから」
「そうだったんだ。じゃあお言葉に甘えようかな」
「よかった! こっちだよ」
柿原に連れられてたどり着いたテーブルには、すでに前もって集まっていた四人が腰かけていた。
「あと一人見つかったんだ! よかったぁ」
優しい笑みを向けてきた黒髪ロングの女は、
玲とは方向性の違う日本人らしい美人で、スポーツは苦手のようだが去年の定期考査で五位以下になっているところを見たことがないくらいには勉強ができる。
「お! えっと……確かそう! 志藤くんだ! ごめんねぇ、ウチまだ新しいクラスメイトの名前覚えきれてなくてさ」
二階堂の隣に座る茶髪のギャルは、
校則が緩いからっていつも制服を着崩し、男子の視線を困らせている。去年の定期考査の順位では名前を見ていないため勉強ができるという印象はないが、運動神経はいい。体育の時間に周りをよく沸かせている姿を見る。
「まあ何にせよ、これで男女比もちょうどよくなったな!」
快活に笑う男は、
二年生の中では一番ガタイがいい男で、柔道部。喧嘩したくない男ナンバーワン。ちなみに授業中は寝ている印象しかない。聞くところによると、去年の定期考査はほぼ赤点すれすれだったらしい。
柿原、二階堂、野木、堂本。この四人は俺から見てもっとも上位のカーストに位置している連中だ。よく四人でいるところを目にしているし、休日も仲良く遊んでいるらしい。
何故俺がここまで彼らに詳しいか――――ストーカーと思うことなかれ、ここまでの情報はおそらく二年生の中では共通認識だ。
それだけ目立つ連中ということである。
美男美女の集団だしな。
そして俺よりも前にいた最後の一人――――。
「り……志藤君、よろしく」
「……乙咲さん。うん、よろしくね」
乙咲玲。まあ、もう説明はいらないよな。
おそらくは柿原に声をかけられたのだろう。暗黙の掟として、下層カーストに位置する人間は上位カーストの人間に声をかけることができない。
必然的に、最上位に位置する玲を誘えるのは同じ最上位の彼らだけなのである。もちろん明確な決まりがあるわけではなく、何となく声をかけづらいというだけなのだが。
「じゃあこの六人で頑張ろう。えっと……料理得意だよっていう人、いる?」
自然とリーダー役になってしまった柿原が、俺たちを見渡して問いかける。
しかし手は上がらない。
俺はある程度料理の手際に自信があるが、ここで手を上げるつもりはなかった。
クラスメイトとの付き合いで大切なのは、ちょうどいい立ち位置。
自慢やひけらかしを嫌う奴がいる可能性も考え、この数テンポ後に『下手ではないと思うけど……得意かと言われると、ちょっとね』と返すつもりだ。
役立たずのレッテルを貼られるのも避けたい。
あと玲。『早く上げろよ』みたいな目でこっちを見るな。
「あ……私ハンバーグとか、それくらいなら作ったことあるよ。得意料理ってほどじゃないけど」
「さっすがアズりん! この前手作りクッキー持ってきてくれたけど、すんごく美味しかったんだから! ウチびっくりしちゃった!」
「お、大袈裟だよ、ほのか」
「いやいや……あのクッキーには将来いいお嫁さんになる素質を見たね。ウチが言うんだから間違いない!」
「もう!」
これが女子のじゃれ合いか。ちょっとついて行けないノリだな。
楽しげに笑っているフリをしつつ、俺も恐る恐る手を上げる。
「俺も基本的なことはできる……と思う。知識ゼロってわけじゃないかな」
「ああ、助かるよ。俺も不得意ってわけじゃないけど、ほぼ手伝いしかしたことがないからさ。じゃあ梓と志藤に中心になってもらおうか。ほのかと竜二は……うん」
柿原の何とも言えない表情の目が、野木と堂本に向けられる。
「やめろし! その最初から期待してない目!」
「そうだそうだ! 確かに俺らは食う専門だけど、初めから決めつけられると傷つくぞ!」
「俺らって何⁉ ウチだって竜二よりはできる自信あるし!」
「嘘つけ! この前のバレンタインで髪の先端焦がしたってキレてたじゃねぇか!」
「あ、あれはたまたまだし!」
確かこの二人は一年生の頃から同じクラスだったはず。道理で仲がいいわけだ。
「二人は置いといて……乙咲さんはどうかな?」
「私? 私は料理なんてほとんど――――」
まずい。そう思った時には、俺は口を開いていた。
「そう言えば! 乙咲さんいつもお弁当は自作なんだって? すごいなぁ! 毎朝大変でしょ?」
「あ……そ、そう。お弁当、作ってる」
「じゃあ料理できるんだね。謙遜しなくてもいいのに」
俺は玲の目を見つめ、”ボロを出すな”と念を送る。さすがに何か感じ取ってくれたのか、彼女は俺にだけ分かるよう何度も頷いた。
「で、でも……ハンバーグはそんなに自信ない、かも」
「そうか、それなら最初に言った通りに志藤君と梓を中心にやってもらおうかな。乙咲さんはそれぞれの手伝いに入ってくれると嬉しい」
「分かった」
その後、柿原の指示に従う形で俺たちはそれぞれの作業へと移る。
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