4-2
料理経験者の俺と二階堂がメインとなるハンバーグを担当し、玲と柿原がスープとライス。
火を扱わないサラダは、今のところ野木と堂本が担当するようだ。
とにかく俺と二階堂がハンバーグの下ごしらえを早めに終わらせ、周りが困っていたら助ける。かなりいい塩梅の役割分担だ。
柿原自身に自覚があるかどうかは分からないが、かなりリーダー気質だと思う。
「すごい慣れてるね、志藤君」
「え?」
「玉ねぎの微塵切りが上手だからさ、ちょっとびっくりしちゃった」
俺は自分の手元を見下ろす。
細かく刻まれた玉ねぎはすべて大きさが揃っているとは言えないが、よく見なければ分からない程度には不揃いではない。
もう何年も繰り返した動作だからか、無意識にここまでやってしまった。
「あ、ああ……食材の下ごしらえは個人的に好きなんだよ。だから練習とかしちゃったりしてさ」
「そうなんだ。私はいつまでも切るのが苦手で……ほら」
二階堂の手元を見てみれば、確かに綺麗とは言えない玉ねぎの微塵切りがそこにあった。
別に下手という訳ではないが――――本人は少し気にしているらしい。
「気にしなくていいんじゃないかな? ちゃんと小さくはなっているし、ハンバーグになってしまえば分からないよ」
「そうかなぁ……」
「料理なんて、飲食店でもない限りは味がよければそれでいいと思うんだ。味の良さも、自分とか、食べさせる相手が美味しいって感じればそれでいいってレベルで。それと好みに合わせて作るっていうのも、結構楽しいものだよ」
「……」
二階堂の方から包丁の音が聞こえなくなり、俺は気になって顔を上げる。
すると彼女は何故か俺の方を驚いた様子で見つめていた。
「ど、どうしたの?」
「あっ……その、志藤君ってそんな優しい顔するんだなって思って」
「え?」
普段から優男フェイスを心掛けているのだが。
「普段は何だか皆に合わせてるなーって感じるような顔なんだけど、今はすごく本音っぽかったていうか」
「……そうかな?」
「あ、ご、ごめんね? じろじろ見るようなことして」
「いや、別にそれはいいんだけど……」
委員長になったのは伊達ではないということか。
普段は目立たずちょうどいい距離感を保とうとしている俺のことを、確証はないにしても見抜いていた。
普段の俺を見抜かれたところで、別に俺は困りはしない。
素を見せたくないと思うのは、相手のことすらよく知らないのに自分を曝け出すことが恐ろしいからだ。
雪緒のように信用し合える距離感にいると確信できたのなら、取り繕わず話すことだってやぶさかではない。
「でも手際がいいのは本当に憧れるなぁ……やっぱり”お母さん”に教わったりしたの?」
「っ……」
その時、指の先端に鋭い痛みが走った。
どうやら包丁で切ってしまったらしい。
そんな一つの事実を、俺はまるで他人事かのように呆然と眺めていた。
「大丈夫⁉」
「……ああ、問題ないよ」
らしくないなと自分を心の中で笑う。ここ数年で一度も犯さなかったミスを、まさかこんなところでしてしまうなんて。
少し呆然としていると、周りで作業をしていたグループの面々も何事かと近寄ってきた。
「志藤? どうしたんだ?」
「ごめん、柿原君。ちょっと指を切っちゃって」
「大丈夫か? とりあえず保健室に行ってきなよ。こっちはやっておくからさ」
「……分かった。すぐ戻ってくるから」
教師に指を切ったことを伝え、俺は家庭科室を後にする。
去り際、感じる必要もないはずの罪悪感に表情を歪める二階堂の視線を受け、俺は少し目を伏せた。
「――――これでよしっと。そこまで深くないから、消毒と絆創膏で事足りるね。しばらく水仕事はおすすめしないかな。沁みるし」
「分かりました。お騒がせしてすみません」
「これが仕事だからいいの。ほら、授業に戻っていいわよ」
保健の水橋先生に処置をしてもらった俺は、保健室から廊下へと出た。
絆創膏の貼られた指を見て、俺は顔をしかめる。
(まさか、聞いただけで取り乱すなんて思ってなかったな……)
二階堂は悪くない。これは俺のメンタルの問題だ。
嫌いな言葉を聞いただけでこんな様になるなんて――――割とショックである。
憂鬱な気持ちを抱えながら、家庭科室の扉を開けた。
そのまま柿原のグループへと合流しようとすると、彼らは大層心配した顔で俺を取り囲む。
「志藤、どうだった?」
「大したことはなかったよ。でも水仕事はやめとけって言われちゃった。これ以上の手伝いは……難しいかな。申し訳ない」
「そうか……ああ、でも気にしないでくれ。ハンバーグに関してはもう梓が焼ける状態まで進めたから、何とかなると思う。他の料理も多分……大丈夫だと思う」
柿原が不安げな様子で野木と堂本を見れば、彼らは二人そろってサムズアップをする。
それを見て益々柿原が不安げな顔をすることから、今回に限りこの二人は本当に信頼されていないんだなぁと確信した。
うん――――俺から見ても、何故か安心できない。
「ご、ごめんね、志藤君。さっきは包丁使っている時に話しかけちゃって」
「俺の不注意が原因だから、二階堂さんが謝る必要はないよ。それよりも一人で下ごしらえさせてしまってごめんね」
「ううん! 当然のことをしただけだよ」
ふと、二階堂から視線を外して玲を見る。
彼女はどことなく俺を心配している様子に見えたが、目の中に困惑の色がある。今まで俺が失敗したところなど見たことがなかったから、きっと動揺しているのだろう。
一応、二階堂が作ってくれたハンバーグの種を確認してみる。つなぎとしてパン粉や卵もちゃんと使われているようで、不自然な部分は見当たらない。これで空気を抜いて焼けば、綺麗なハンバーグが出来上がるだろう。
「志藤、雑用を押し付けるみたいで申し訳ないんだけど、ゴミ捨てとか皿を並べたりするのは頼めないかな?」
「むしろそれくらいやらせて欲しいよ。料理は手伝えないからさ……」
「分かった。じゃあ頼んだ」
気の利く男だ。俺が手伝わずに料理だけ食べることへ罪悪感を感じるだろうと予想し、仕事を割り振ってくれた。
他人の気持ちをここまで考えられると、酷くモテるのも納得できる。
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