19. 宴が奏でる変奏曲(前編)
◇◆◆◇
宴が始まるや否や、
ワタクシの趣味は美食の探求ざます。元々は王都に居を構えていた貴族の娘でしたが、地方領主に嫁いだのだ。それは別に吝かではなかったけれど、困ったのは王都の洗練された料理が食べれなくことだったざます。その代わり、魔物が徘徊する森が近場に在ったので冒険者たちから素材を買い取っては調理をさせていたざますが。
ワタクシは子供の頃から
夫の領地へ着くとワタクシはさっそくダイエットでの食事制限を解禁し食べまくっていた。その反動は凄まじく、元の体形に戻るのにそう時間は掛からなかったざます。そうして両親の目がなく、ダイエットする必要もなく、止める人もいないので遠慮なく食を堪能するようになったざます。何故かワタクシが満腹になるほど、夫が痩せこけていってる気がしますが。そういえば両親も痩せていたざますね。
地方でしか食べれない料理も良いざますが、やはり王都の料理も恋しくなるざます。なので催し物がある時はなるべく参加するようにしていたざます。
そして今回は収穫祭の夜会ということで夫の収穫報告を兼ねて、共に王都へ来たのでざます。夫は先程まで何処かで資金の工面をしていたようざますが、まあバレないなら脱税なり賄賂なりして食費を稼いでくるざます。
さっきまで妖精のおチビちゃんと大食い対決をしていて僅差で負けてしまったざますが、持続力なら私の方が上手ざます。目の前には調理場から新たな料理が運ばれてくるのでまだまだ食べるざます。ワタクシにとっては一品ごとに別腹扱いでいけるざます。
そんなこんなでこれ幸いと、食べまくり、堪能していると、新たに給仕がいつものピューター皿よりも一回り大きな容器を持ってきた。慎重にテーブルに置き、同じく大きな蓋を開けるとそこには……。
「アレはまさか……ダンジョン水中階層の主であるキング・グレーター・アンバージャックのカマ塩焼きざますか!?」
ダンジョンには水中階層と呼ばれる難所が存在する。難所たる所以は勿論、水中への対応と呼吸の確保だ。魔術か精霊術かアイテムか、何かしらの対策を施さないと進むことすら儘ならないざます。そんな階層の主である魚のカマ! 美味しくないわけがない! 他の部位も食べてみたいが、おそらく王族や、上流貴族の方へと優先で食されているのだろう。悔しいけどワタクシの夫は中流貴族止まりざます。まあ王城で催される社交界はこういうレア食材料理を出してくれるのでなるべく参加してそれで我慢するしかないざます。
それは置いといて、今は目の前の料理ざます。
殿方の逞しい腕よりも太いカマの部位。噂では人の数倍の巨大な魚らしいのでこれでもまだ一部だろう。皮の部分はカリカリに焼けていて少し焦げ目があるが、それが却って食欲をそそる絶妙な焼き加減なのが見た目で判断できる。そして極上の白身をシンプルに塩だけで、余計な味を付け加えず素材の……いやこの薫り、これは塩麹に漬け込んだざますね! なんという、塩味だけなのにさらに旨味を引き立て、魚特有の臭みも感じず、きっと塩麹で漬けているから食べれば白身の脂っこさのしつこさも消えているはずざます。
垂涎たらしむる白身の王の命の結晶、白妙の輝きが盛られた皿。これはまさに、モンスター魚料理の集大成ざまーす(ざまーす)!
ひとしきり感動していたが、まだ焼きたてだろう今の内にサッサと取り分けねば! ずかずかと向かって群がりつつある者達をワタクシの恰幅を利用して押しのけるようにし最前に立ち、備え付のトングとお皿を手にし、いざ取り分けへ。
皮を剥がし、真っ白に輝く白身へトングを突っ込むとジュワっと肉汁が溢れ出てきた。磯の香と合わさってもう涎が出まくりざます! どこを取っても美味しいだろうざますが、ここは一際美味しいところを狙って身を掘り出していくざます! フン、他の者には食わせないざますよ。秘儀、
そうやって取り分けていたその途中、何か周りがザワリとしたような、息を呑むような感じがしたが、ワタクシは取り分けるのに必死でそれ以外の事はどうでも良かったざます。だけども、カマがデカいので旨いところだけを穿るように取るのは片手では苦心して手間取ってしまう。
『よろしければ、おさらをもちましョうか?』
給仕だろうか、何だか濁声でえらく低音だが気が利いた事を言ってくれた。ならば、とこれで両手を使えると意気込んでいたので、見向きもせず声のする方へ皿を押し付ける。受け取ったのか手が軽くなったのでダブルトング装備でカマの身を解してはポイポイと皿へ載せていった。
良し、これでお皿が大盛になるほど取ったはず。さてさっそく食しますかね。味を想像するだけで至福の至りへと感じそうざます。
「お皿を持っててくれて感謝するざます。もうワタクシが持――――」
お皿を持っててくれていた給仕にお礼を言って振りかえると……。
そこには、人ではなく青白いブヨブヨした何かに巨大な顔を張り付けたような奇妙なモノが目の前に居た。魔物? 何か浮いているし幽霊? 一瞬何が何だが判らなくなったざますが、それよりもワタクシはその変な奴がクチャクチャと何かを食べているのに気付く。まさか、そ、それは……。
「いやァ~、旨かったゼェ~、わざわざお皿に盛り付けてくれてアリガトウよッ」
大きな口でゲップをしながら醜悪なしたり顔で話しかけてきた。だけどワタクシはそんな言葉は耳に入らず、空になっているお皿だけを注視していた。そう、自分がが一生懸命に取り分けたカマ塩の身――
「は……?」
食べられた……?
えっ……食べられた……一番旨いところを?
ワタクシの白い宝石ちゃんが、た、食べられ、たぁぁあああああッ!?
「ざあまあすぅーっ!?」
目の前に現れたモンスターに驚くの同時に、一番旨いと言われる部位を食べられた嘆きと怨念を込められた魂の叫びを腹の底から出し、それは会場に響き渡った。
◇◆◆◇
「むむっ、あれはソウルフレンドの叫び!」
さっきまで
とにかく、
我がミッションは大広間を照らすシャンデリアの灯りを消すことでありざます。
大広間の天井に構える大シャンデリア。入口から奥の扉までに三つある内の中央部大シャンデリアにリーシャから投げ込まれ、そして指示通りに真上から伸びて釣り下がっている鎖を浮力を使いながらよじ登り、天井へと既に辿り着いて待機していた。
天井にある穴からは昇って来た大きな鎖が飛び出ていて、シャンデリアを支えている。多分、整備かで何処かから操作して穴から鎖が伸びて下へ降ろせるようになっているんだろう。その穴付近に複雑な魔法陣が描き込まれており、それぞれのシャンデリアに天井を伝って陣が広がっている。そして此処がその分岐の中心点らしい。良く解らんけどリーシャがそう言っていた。
照らす為の
(ミューン、このカードは魔力を無効化する効果があるの。あの天井の……ほら、鎖の付け根に何かの模様が見えるでしょ? あそこまで辿り着いて何か異変を感じたら即コレを発動してちょうだい。そしたら魔力が断絶されて一時的にシャンデリアの灯りが消えるはずよ)
要するに、渡された
「えーっと、確か発動言霊は……『ご縁がなかったということで、愛情が憎しみに変わる前に別れましょう』……なんでこんなドロドロなワードなの?」
まあ例えカードを盗まれたとしても絶対本人しか分からないし、使う状況でこんなこと言わないよね。いや~でもリーシャなら将来言いそうだねー。
火や水のような属性魔法ではなく魔力消去の効果だからか、言霊を唱えても何も音もなく、ただカードを向けた魔法陣からマナが無くなっていく感覚だけがある。ちゃんと発動はしているみたい、と思った時にはもう暗くなっていた。
「さてさて~、効果が切れたら任務完了だし、それからデザートでも食べに行くかなー」
こうして大元から魔力の供給を閉ざされた大シャンデリアから灯りが消え、会場は闇に覆われた。
◇◆◆◇
「こどもはいつだって予想外のことを躊躇なく起こすわね」
ラーンスロット卿を縄に繋いだ
しかし、
妙な叫び声と照明が消えたことで、音楽も途切れ、騒然とした声が出始める。もし戦時中や不穏な動きがある国なら事態を襲撃と警戒する案件だろうけど、世は寧静だ。善王アルダンを害するようならば、その国が国際的に非難を浴びるでしょう。身内……何処かの貴族の差し金という線もないでしょうし。何故ならば――
天井を仰ぎ見るとシャンデリアを吊る鎖に妖精がカードを持っているのを捉えていたからだ。
シャンデリアの仕組みで魔晶石からの魔力供給で起動しているのは把握している。大元には勿論見張りを立てているから容易に消すことは出来ない。ならば何処で供給を止めるのか、ということで天井の魔法陣回路を見ればミューンが居たのである。
「まさに、妖精の悪戯……ね」
あんな場所からこっそり照明を消すなんて普通は無理。妖精憑きの双子しか実行出来ないでしょう。まあ問題点として解ったので後に回路の改装をせねばならない。
さて、やんちゃのやらかしは紋章カードを使用している感じなので効果が続くのはそう長くないはずだ。ここで私が灯りの魔法を行使し、元通りの明るさへとするのは容易い。しかれども、双子の
先の叫び声とも関連するだろう。ヤツに此処まで侵入されたのかしら? まあこれは時間稼ぎだ。目撃者を少しでも減らそうとして及んだ行為といったところか。であれば……。
暗闇になった時からの寸刻の思惟で結論を出し、灯りの魔法を詠唱し始める。
マナを込めた指先で魔法陣を描くのは従来のものよりも複雑に改編している。そしてその魔法陣を闇の中、
魔法を詠唱しつつも、強化した視力で王が頷くのを見て取れた。そして少し呆れたような溜息をつきながらも、会場のダンスをするスペースへと歩んでいき――
「皆の者、落ち着きたまえ! ああ、突如"真っ暗になったことで驚かせた"人がいて申し訳ない。驚きすぎて料理でも落としてしまったかな? 済まないが給仕よフォローを頼む。まあとにかく、今宵の催しに少し華を添えようと思ってな。我が国が誇る術者による"
両手を広げ、張りのある遠くまで通った声で王がこの状況を収まるような言葉の述べたので、闇であろうがその声が聞こえる舞台の方へ人々は目を向け、そして不安じみた雰囲気も収まっていく。
それでいい。上手く叫び声も曖昧に誤魔化してくれた。王の声掛けで気を取り直した楽士隊が演奏の再開と同時に魔法も発動する。
軽やかな音楽とともに、幾数もの小さな光を踊り場上空へ散りばめ、光が集まっては弾けたり、流星の如く墜ちていく光、又は人々を取り巻くように蝶や鳥の形をした光が舞い踊るようにしたりと、様々な色と光の形成で楽しませる工夫を凝らす。どうやら奏でてる曲は主題を軸に様々なアレンジをしていく変奏のようなのでそれに合わせるようにしていく。やれやれ、成り行きとはいえこんな事に魔術を行使するとはね。まあ破壊の魔法を使うよりもよほど有用だ。
「あ、騒ぎが落ち着いたら妖精を捕えておきなさい。そうね、騒がせた罰として逆さ吊りして目の前にデザートでも見せつけとけばいいわよ」
詠唱の合間に、暗闇に混じる微かな気配――どことなく近くで待機しているであろう暗部の者へ囁くように告げると、最初から何も無かったように気配は消え、闇だけが残った。
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