18. 渦巻く疑念




  ◇◆◆◇




「ハァ、ハァ……いい加減諦めてくれないかな~?」

「グウゥゥ……!」

「暴走状態かよ」


 息を整える時間稼ぎに軽めな口調で話しかけるが、幽霊系によくある妄執の暴走化バーサークで目が血走り、狂暴な顔つきになっていた。

 言ってることは本音なんだけども。剣を振り過ぎてクタクタだし。この通路はエールっ腹王の五人分くらいある広めの通路だ。子供の僕なら存分に剣を振り抜くことが出来るが、それが却ってしんどい羽目になった。広い分、剣を大振りにしたり腕を精一杯伸ばしたりして通さないようにしないといけないからだ。


 あれからどれくらい時間が立ったのか。会場から楽士隊が奏でる曲が陽気なものや優雅な調子など何度か入れ替わり、壁と隔てたこの地下へと音が小さいながらも流れてきている。音楽が聞こえているのを意識しているのは集中出来ていないからだろうか。集中して何にも囚われず一心不乱に戦闘する方がいいのかな? それだとすぐにバテてしまうと思うんだけど。


 英雄譚で、登場人物が周りの動きや音が全て把握出来ちゃうような覚醒シーンがある。あれ? ひょっとして音楽が聞こえるのは僕が集中しすぎて覚醒しちゃってる? やっべ勝利確定じゃないか。この覚醒状態バフのままラーンスに奇襲をかけて一本取りたい! 

 ……あれ? おかしいな。ラーンスに対峙する想像しても全然勝つイメージが沸かないぞ。うん、目の前に敵がいるのにこんな妄想しているのは覚醒どころか雑念しかないわ。まあ雑念出来るくらいにはまだ余裕があるという事だろう。疲れてはいるが構えだけはしっかり崩さないようにした。


 どんなに疲れていても剣先だけは常に相手へ向けろとラーンスに訓練時しつこく教え込まれている。ちょっとでもズレると、瞬間移動したみたいに首筋に剣を突き付けているんだぜ? 機先を失えば命はないですぞ、と言うがそちらさん、剣の構えすらしていなく間合いも僕の三倍以上離れているところから刹那で詰寄られているんですけど。ちゃんと構えていても余裕で首ちょんぱされるじゃん。いまいち説得力がないのは脳筋ハイクオリティな団長らしい。


 物語の戦いで強者が瞬歩で後ろに回り込んで余裕にしている描写があるけど、わざわざ勿体ぶらずにそんなことしなくてもすれ違いざまに斬ったり、拘束したりしてからドヤ顔すればいいんじゃないの? だから油断してむざむざ相手に逃げられる展開あるあるなんだよ。


 益体もないことを考えてしまうのは自分の弱さ故か、それとも脳筋の圧倒的強さが眩しく映るからか。もし自分が強ければどうする? もちろん後ろに回り込んで膝カックンかましてドヤ顔するに決まってる。魔王様に是非かましてみたい。


 新たな目標を定めつつも、先から自分の中にしこりのように残る違和感が拭えない。


 そもそも何でこんなに頑張っているんだ?


 そりゃあ僕たちがやらかしてしまったから後始末の為にやっているんだけど。どうにも……そう、らしくないのだ。本来なら悪戯をしたら軽く誤魔化そうとして大抵誰かにバレて叱られる日常である。うむん、我ながら情けない日々を送る王子だわ。

 まあそれは置いといて、誤魔化す、だ。いつもなら姑息な手段を用いてでも誤魔化すはずなのだ僕は。今の状況のような剣一本で戦うなんてのは最終手段だ。その前に僕は何か有利になるようなことを考えるはずなのだ。いつも魔王やボスに感知、察知、捕獲、説教されるけどね。そうだ、まったくらしくない。


 リーシャと別れる時に、聖水を手に入れようと考えていたはずだ。もしくは紋章クレストカードを取ってくるか。ヤツの行動阻止もしなければならないが、取りに行く機会はあったと思う。だけどそんなことちっとも頭に浮かばなかった。いや、浮かんだがどうでも良いかと思考を切り捨てたんだ。まったく自分らしくない。


「ガアアァッ!」

「――くっ!」


 グリムオールが僕を抜こうと天井ギリギリまで浮いて突っ込んできたが、魔力オドで足だけ強化して跳躍し剣を振るって阻止をする。


「まったく……、面白くないね!」


 着地をして残心を行う。危ない危ない、迷いながらだと余計疲れるのは判っているけど、どうにも胸のザワザワが治まらない。どうせこの状況ならもう剣で止めるしかないだろう……そんな声が聞こえるような気がした。


「ググゥ……グ、つ、ツマンネェなら、引っ込んでろよ」


 お、暴走が抑えられたのか、それとも時間の限りがあるのか、充血したような赤い眼光の落ち着きが見えて理性が戻ったヤツと会話が通じるようになった。再度通告してみようかな。いい加減お腹すいてきたぞ。会場に向かわせたミューンがたらふく食べているのを思い浮かべたらイラっとしてきた。当分おやつ抜きだな。


「親切心で言うけど、お前この先行ったら浄化されるぞー? こわーい鬼お姉さんや筋肉モンスターがわんさかいるし」

「何も為さず、野垂れ死にするより、成してから果てる方がイイだろうがッ」

「覚悟マシマシのカッコイイ台詞だね。その目的が児戯でなければ」

「それに、オレ様は死なないしな」

「さいですか……」


 なんだ? まあ幽霊は不死なんだろうけど、何か別のニュアンスを感じる。今の台詞だけじゃない、ここで遭遇してからコイツの挙動にも違和感がある。妄執の暴走は判るが会話がスムーズに進むほどの知的さを持つヤツがいきなり暴走化するだろうか。


「それより、その剣……」

「?」

「……いや、剣もテメエも邪魔だな。そろそろ通らして貰うぞ」


 剣を抜き身には出来ないが膨大な魔力が込められているのが脅威なのか。一瞥しては次はどう僕を抜こうかと考えているのか、微妙に空を動いている。

 確かにこの剣が無ければコイツを止めようがないんだけど……妙に手になじむ古い剣をチラリと見やる。


 ――余計なことを考えずに、戦いを楽しみましょう?


 剣を見ていると勇猛な気分になってきた。

 何だか負ける気がしない、疲れも気にしない、妙な高揚感、万能感に満ちた気持ちが湧いてくる。ごちゃごちゃ考えずに剣だけ振っとけばいいじゃないか。敵の事なんてどうでもいい。倒せばいいだけだ。実にシンプル。全てのオドを使って全力で倒す。いや違う? 剣に?


 ――さあ、早く私にその魔……


「違う、これは……僕、らしくない――――!」


 思わず、片手を頭にやってかぶりを振った。構えを崩してしまい隙が出来た刹那、グリムオールが再度持ち手の逆の壁際から抜け出そうと突進してくる……!

 くそっ! 奇妙な違和感に気を取られたので一寸阻止するのに出遅れる。この状況なら片手で後ろ回し斬りが最良と判断。バックステップしながらもグルリと回転斬りを仕掛けた。振り返りつつ悪霊を視界に捉えると対応には遅れたが剣先が届いて阻止出来る、間に合うっと感じた時――グリムオールはそのまま突っ込みながら、更にその躰を真横の壁へ沈むように


「なっ!?」


 グリムオールの躰が八分ほど壁と同化したようなまま進むのを止めず、僕の剣が対応が遅れて焦った剣筋ということもあり壁際ギリギリまでは届かない。掠りもせずに空振りしてしまう――!


「グハハ、じャあな~!」


 回転して振り抜いた反動と空振りした動揺で体勢を崩して思わず膝をついた。振り返ると悪霊は壁から躰を出しつつ、ミューンを会場に送り出した隠し扉へ勢いよく向かって行っている。


「抜かれたっ」


 何だ、透過なのか!? この地下通路の壁向こうは何もなく岩盤で分厚いはずだ。まさか透過で分厚くて抜けれなくても入り込めるくらいは出来たのか――?

 魔力の塊みたいなものである剣は透過出来ないが、魔力がないただ厚い壁なら躰分くらいは透かすことは出来るということなのか。

 ポルターガイスト現象といい、透過の応用といい一丁前に後出しでかましやがって! 相手のやり方に悪態をつくが、幽霊系ゴーストタイプの能力を把握をしていたのに、その使い方を予測出来なかった自分にも苛立ちを覚える。


 息が少し上がってるが、追いかけようと素早く立ち上がる。もう既にヤツは階段を昇り始めて姿が見えなくなるところだった。再度足を強化して僕も走る。もしもの場合だったとはいえ、下の扉は開けっ放しにしておいて良かった。逆に僕が扉の開閉で手間取ることになってたからだ。階段下まで辿り着きつつ覗き込むが、壁抜け出来るグリムオールは当然すり抜けているだろうから見当たらない。


「ダガズソーン ウィルドソウェイル!」


 階段を駆け上がりざまに扉を開く言霊を叫ぶ。

 だが、螺旋階段を上がり切ってもまだ完全に開ききっておらず会場から見ると床の部分に見える幻視の扉が少し透けてきたくらいだった。焦っているからか、待っている時間が長く感じる。早く開け……!

 もうヤツが会場で暴れまくってるんじゃないか。もう間に合わないんじゃないかという気持ちも沸いている。半ば父さんやシャスに叱られるいつものパターンになるかなと思いつつ、扉が完全に開き会場へと躍り出た。その瞬間――――


「ざあまあすぅーっ!?」




 ――奇妙な叫び声が聞こえた時、大広間は暗闇に包まれた。



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