9. 従者様がみてる




  ◇◆◆◇




 王女は窮地に追い込まれていた。


 既に逃げ場は無く、今まで走っていたので息も乱れ、頬に汗が伝い服の中も汗で少し不快感がある。色気よりも好奇心が旺盛な少女らしい動きやすさを重視した服も何処かで転んだのか薄汚れて、愛らしい顔つきに不釣り合いだ。追い込まれるということは追う者……いや者達がいる。部屋の片隅にうずくまる王女は、囲い込むように立ちはだかり手を伸ばしながらじりじりと間合いを詰めてくるそれらを見つめることしか出来なかった。


「さあ……もう逃げられません」

「いつでも仕込みは整えておりますよ」

「ふふふ、誠心誠意お仕事ごほうび尽くしますので……ハァハァ」


 一番年長者っぽい人を中心に、粛々と対応している者は横に並び、興奮しすぎで本音が単語に先走っている者はいつでも飛びかかってきそうである。周りの者がちょっとそれに引いているが。


(……どうして、こんなことになったんだろう)


 リーシャは顧みる。ただ探検ゴッコに行って、幽霊退治を仕損じて、散らかった物をなおすのに思ったよりも時間がかかったので、夜会に遅れないよう、隠し通路の埃や汚れを気にせず、足を速め駆け抜けるように自室へと戻ったので着いた時には息も切れ汗が出ていただけなのに……と。全て身から出た錆であった。


「ひ、ひとりで出来るもん……」

「皆でやった方が手早いでしょう。さあ脱ぎ脱ぎしましょうね~」

「リーシャ様の大事なところは私が守る独占!」

「アンタ、次ペナルティ発言したら退場だからね?」


 そう、取り囲むのは自室で待ち構えていた従者達であり三人がかりでお風呂に入れようとしていたのである。それぞれ、姉御系、冷静系、変態系と発言から見て取れる……が、裏の性質はむっつり系、無自覚系、変態系だと、リーシャは本質を捉えていた。変態ブレないな。


 平時だとなるべく一人で入ることにしているが、一緒に入りたがるので、たまに付き添いさせるけどそれでも一人ずつだ。

 従者達は交代制ローテーションを組んでいるらしい。入浴時はそりゃもう可愛がり過ぎて、いささかお肌の触れ合いが過剰なのだ。何が、とは述べないが、そういう本も婦女子の間にはあるからリーシャも知識は有している。だがそれは絵空事だから良いのであって、自分が関わるのはご勘弁願いたいのである。そういうのは自分で子供を生んで、それでやってほしい。

 ……そういえば、この変態どもは王子にも従事しているのを思い出す。


(アル兄さん、まさか……)


 既にハニーな罠に引っかかっているのではないか。

 もしも帝国からの嫁候補が夜会に参加した時、変態どもの毒牙に落ちている王子は皆の前で断罪するように婚約破棄を言い渡すのではないか? そうなれば帝国の怒りを買い、即侵攻されて王族の処刑で終幕を迎えるのが物語の定番だ。リーシャはよく読む本の偏った知識で良からぬ連想を広げていく。


(いや、兄さんは基本面白がりな癖にぐうたら志向だから、世話フォローをしてくれる年上に……弱いじゃん!?)


 兄の尊厳をフォローしようと思ったら、罠に掛かりに行く未来しか浮かばないのであった。

 ちなみにアルス王子の名誉の為に述べるが、ちゃんと一人でお風呂に入っている。


 そんな下らない想像で目の前の事案を逃避していたリーシャは変態連携技トリプルアタックであっという間に衣服をはぎ取られ、連行されるような形でお風呂に連れていかれた。周りはウキウキ、リーシャは涙目である……。




  ◇◆◆◇




「はーサッパリ」


 お風呂に入れば荒んだ心と身も癒される。癒されるのだ。ん? 細かい描写なんてするわけないじゃん。ただの洗いっこダヨ?


 リーシャわたしは今、肌着で化粧台ドレッサーの椅子に掛けて従者に髪を乾かしてもらっている。風の魔法の変則魔法陣カスタマイズで組まれた『微風』で。たやすく行使しているかに見えるけど魔法を扱うことができるのはその資質がある者だけだ。よって世の中に魔術師ソーサラーと呼べる者はそう多くはない。私の周りに扱える者が揃っているのは魔術の素養がある従者をシャスティアが見出し、教えを受けて魔術師の資格を持ったいわばエリート従者だからだ。変態だけど。そこんところ面接で見出してほしい。


 さてストレスを入浴で解消したので次の戦いへの精神力は充分だ。


 どんとこい衣装合わせドレスアップ


 催し物がある時の従者の気合は半端ない。十着以上着合わせなんてザラだ。今日は従者マシマシなので言わずもがな、だ。帝国の荘厳華麗で豪華絢爛な舞踏会じゃあるまいに、普通のドレスで構わないと思うのだけど。あちらに比べるとウチなんて質素なものだ。でも堅苦しい雰囲気よりも陽気に騒げるこちらの方が好きだし。私達の王宮料理人が作る食事は絶品だし。

 まあ何にせよ、大仰な催し物でもないのだから、テキトーに見繕い、さっさと着替えを済ませてアル兄さんのフォローをしなければならない。少し焦る気持ちを抑えるように息を深く吸い込む。


 よし、今日は私が主導権を握って余計なコトをさせないようにするんだ! 調子に乗ってる従者どもに本当の主というものを知らしめる為なら、悪役令嬢だろうが悪役聖女だろうが演じてみせよう。オーホホホッ。こんな感じで。


 決意表明するにあたり意気込んで従者達へ向き合う――そのタイミングで、別の従者数名が部屋に入ってきた。機を逸した私と変態どもはそちらに視線を移す。


「あら、貴方達王子様の担当ではなくて?」

「それが、アルス王子が見当たらなくて……」

「宰相様に伺ったところ、何やら私用らしいのです」

「なので」

「お手伝いに来ましたー!」


 増援来ましたー!


 つか、うっかりこの展開を先読み出来なかったが、あの兄さんの別れ際の表情、予測していたな! ワザとらしい真面目な顔を思い出し、イラっとする。ギルティ案件だ。心配するのがアホらしくなってきた。いや、それよりもこの緊急事態。反抗作戦を開始した途端に敵軍増援されてそのまま潰された気分である。いやいや、まだ諦めてはいけない。味方を囮にして王女だけが逃れることが出来るのは物語の定番よ。あ、ここに味方が誰もいなかったわ。従者とはいったい。


 衣装を片手に、ニコニコと笑顔のまま全員が私の方へとにじり寄る。めっちゃ怖い。ダンジョンの魔物がひしめく部屋に入ってしまったようだ。私が一歩動くと全員が動きそうである。これは我が獲物ぞ……とお互いに目線で牽制している。


 あ、これあかんヤツじゃね。もうやめて、私の精神力はギリギリよ。


 さっき回復した精神力がもう失われかけている。おかしい、私の攻撃順回ってきてないのに。反攻が始まることなく、ずっと相手の攻撃を受けていた私にはもう為す術が無い……考えることも面倒くさくなり、やがて人形のように感情を消した。着せ替え人形は感情を持たナ、イ――――




◇◇




「うん、私ってば可愛い」

「その通りでございます」


 綺麗に着飾ると女の子は変わる。変わるのだ。ん? 着替えの描写なんてするわけないじゃん。だってワタシ人形、なんだ、カラ。


 鏡の前にはいつの間にか盛装を凝らした私がいた。その後ろに映っているのは満足そうにしている従者一人だけ。残りの従者達は幾多の衣装と共に床に倒れ伏していた。よくわからないけど、不敬罪一歩手前だからね? 後で執事長に報告しチクっておこう。


 さて、夜会までまだ時間があるみたいだ。何をしようかな…………あれ、何か大事なコトを忘れているような……何だっけ? 変態……お風呂……いやそれは忘れてていい。ハニーな兄さんで帝国がヤバイ? 何だこれ。敵増援、反攻作戦ナラズ悪役王女捕ラワレル。……悪い私は一体誰と戦ってたんだ。戦う……? ハッ、そうだ、ハニーな兄さんが悪霊と戦っているんだった!


 何か違うようで違わない感じだがまあ良い、こうしちゃいられない。

 私は部屋に腐乱している屍らを踏み越え、奥にあるキャビネットに向かった。ガラスを贅沢に使って展示出来る部分もある小棚である。そこには主に貴重な品々を収めていて、私はその中から大きめな長方形状の札を取り出す。固めの魔法紙に魔法陣が描かれたそれは、『紋章クレストカード』と呼ばれるマジックアイテムだ。



簡単に説明すると、魔法が封じ込められていて、魔力ナシでも特定の言葉を発することで一回使い切りで発動できるカード、である。便利すぎるかも知れないけど勿論制限はある。


 例えば、初級魔術程度の物しか封じ込めれない。封印術理論のごとくサイズにより威力固定しかも従来の1割程度。接触無しでは発動できない。決められた言葉以外では決して発動出来ない、魔方陣が書き込まれた部分の真正面に発現等、詳細を述べると切りが無いので今回は省く。一般的評価では、"最弱だが切り札になりうるもの”として冒険者の間でも希少だが出回っている。



 そんなカードをドレスに合った女の子ポーチにはみ出るように差し込む。これは携帯してますと視認を兼ねた作り。催し時は当然厳重チェックされるが、王族は所持しても構わない風潮よ。もし暗殺行為が起きた時、咄嗟に魔法の盾などを発動できると生存確率が跳ね上がるからだ。まぁ威力は微々たるものだけど、何かしらハニーな兄さんの役に立つかもしれないので持っていくことにした。


 用意を整えた私は惨劇の場を見渡しながら一人で控えている従者に声を掛ける。


「さて、私は少し時間潰しに散策してそのまま夜会に向かうよ。貴女たちも参加するなら早めに切り上げて夜会を楽しんでね?」

「畏まりました。では清掃を手早く致しましょう」


 そう言って彼女はおもむろに腐乱死体へ向けなおす。


「そういえば、様の衣装合わせはお済になられたのかしら?」


 ぼそりと呟いた勝者の従者の言葉に、屍達が反応し始める。


「ミリアル様が着合わせ済みか、それともまだか、部屋に入るまでは確定ではない」

「とても哲学的ですね」

「私達には希望が必要なのよ」

「ハイハイ、じゃあささっと片付けしましょうね。抜け駆けナシで皆で行くわよ」


 コイツ、死者復活の為にを生け贄にしやがった! なんて恐ろしい子。

 復活の言霊を聞いた途端、生気を取り戻し各々が持てる全ての能力を駆使して散らかっていた衣装や小物が片づけられていく。瞬く間に部屋は元通り、いや前よりも埃一つ無い状態になり、一斉に完璧なカーツィをこなしてから、一歩も乱れず揃って退室していく。軍隊かよ。


 ……まあアレだね。妹よ、強く、生きろ。


 心の内でそっと敬礼をし、次の行動を思案する。聖水をせしめるのが現状では最優先かな? ゴリゴリと削られた精神力を回復させてくれて、甘々とおねだりを聞いてくれる、そんな焼き鳥ファイヤーバードがネギを焼いてくれるような人物がいる処。


 よし、大司教様へお会いにいこっかー。




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