8. 魔王は全てお見通し
◇◆◆◇
アルス王子が元気に駆けて、いや逃げていった。
相変わらずからかうと面白くて可愛い。生命の力に満ち溢れた子供はとても眩しく映る。目を瞑りたくないほどに成長する様は見ていて決して飽くことはない。エルン族は長命ということもあり、生命倫理がとても希薄だ。恋慕の情を抱きにくく、子も授かりにくい。人や他の種族は私達に比べると短命だけど、全力で一生を生き抜く――短い時を駆け抜けるその姿は全て燃やし尽くす激しい炎のようにも観える。その激しい情念はハイエルン……いや、私には持たざるものだ。要職を拝命した時の私はそれはそれは冷淡で他種族と馴れ合うつもりがなかったのに……んん、これ以上は恥ずかしくなるので思い出すのは止めておきましょう。
まあ今は王家の方々を見守るような、いや家族ゴッコをしているような気持ちなのだろうか。
宰相という立場で、善政には誘導、助言、選択肢を用意出来るが、いつだって決断は全て王たちに委ねる。君主制において決断力が足りない王の国は衰退か侵略されるか、それは世の常だ。あり過ぎると専制君主になってしまうので、そういう時はちゃんと諫める。主に物理や魔法的に。
(まるでこの国のお母さんね)
いつしかの王妃様に言われたことがある。成程、だが家族ゴッコを介して国をも動かせる立場であるからこそ、自制しなければならない。子離れをしないと
厳しく躾けつつも子供が間近で育つのを観ることが出来るのは代々教育係を受け持つ私の
バルコニーで出会ったのは本当に偶然だ。もうすぐ夜会ということもあり、今日は早めに仕事を切り上げようかと思っていたところ、執務室に設置してあった警報盤――結界の揺らぎを感知する術式が組まれた物――が反応したのだ。共に仕事をする部下や控えの騎士達に調査の命を下しても良かったけれど、気分転換に自ら散策しアルス王子と遭遇した。
あの場で会ったのは向こうも想定外だったのか、咄嗟に
本人は軽くはたいたつもりかも知れないけど衣服が埃まみれだった。訓練場に行っていたなら王子と騎士の気性だと土埃で汚れるでしょうが、あれは室内の埃が溜まったところで付いた感じ、おそらくまた隠し通路でも使っていたに違いない。そして王子の頭の上に乗っているミューンが、出会ってからの会話中ずっと必死に両手で口を塞いでいた。もう何かやんちゃやらかしてるのが最初から明白だったのだ。
思わず苦笑しそうになったけど……あの”剣”に気付いた時は流石に驚いたわ。アレは誰もが手に取れるものではない。
アレは
剣を持っているということは宝物庫に忍び込んだということ。そこで何かやらかしたという訳か。
宝物庫内で収束する事態ではなく、剣を手にここまで来ている。更に邪なるモノが内側から感知されたのは、無関係ではないでしょう。試練に喰いついたので”ソイツ”を探しにきたと推測。しかし、あそこにそんなのがいたか……あー、思い出したわ。百年以上前の出来事だったので失念していたけど、”ソイツ”がいたわね。了得々々。
推移から観るこの展開の残りの不確定要素はあの”剣”だ。悪い方向には行かないとは思うものの……いや、少し
となると、今の王子では少々厳しいかもしれない。いつも一緒にいる王女が見当たらないのは、別行動でフォローする心算でしょう。ともするとそれ次第ではあるけれど、私や
双子達が引き起こした騒動を自身で収めることが最良。それが叶わぬ場合は己が手にしたものが取るに足らぬ力と知り、次への糧と成る。しかれども物語の定番は大団円だ。勇者が試練に挑み、困難を乗り越えれば、それは英雄譚として今日の夜会に彩りを添えることになろう……。
うん、まあピンチになるまで放っておけば双子達にも都合良いだろうし、それまで私は夜会でのんびり美味しいものでも食して過ごしましょう。
最後は身も蓋もない考えでまとめると、後少しだけ残っていた政務を終わらせる為に執務室へと足を向けた。
――ちなみに後日、この時のことを話すとミューンはトリプルデコピンを喰らっていた。
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