4. 幽霊との闘い
封呪の札を破ると、ボフッと煙のようなものが溢れだし老朽化した木箱は乾いた音を立てて崩れていった。
煙は拡散することなく、逆に集束しだした。僕たち子供くらいの大きさで丸い形になっているそれは浮き出ては消える泡みたいにボコボコと大小膨れては縮んだりして何か形作ろうとしてる。邪気を感じるし封印されたモノが固形化されるのだろう。
素早く状況確認。リーシャは既に魔法詠唱中。ヨシッ!
ミューンはあたふたしている。ヨシッ!
近衛騎士団長が言っていた。石橋を叩くなら徹底的に壊せ! むしろ敵を巻き込んで壊せば戦闘にならんと。無傷で勝てるにこしたことはない。見敵必殺! 先手必勝! 勝てれば良かろうなのだ!!
青色と緑色が交互に明滅して丸のような楕円のような形に手と思われる部分が生えてきた。足はないし煙の時からずっと少し浮いてる。浮遊型か。丸の半分ほどの大きさもある口、目はギョロっとして目覚めたばかりだろうかまだ焦点が合っていない。口に比べて小さいのでとてもアンバランスに、醜悪に見える。そして固形化が完了した刹那――
僕は既に剣を右上段から思いっきり振り下ろしていた。目が一瞬合った気がしたが構わず叩きつけるように振り抜く。無防備に喰らい床に叩きつけられた丸いヤツは、ぶべッっと苦痛の声を上げ、浮遊型だからだろうかその勢いのまま玉の如くバウンドして跳ね上がったところを、
「
リーシャが風の魔法を発動し、無数の見えない刃が敵を斬り刻んだ。
「ギャアアァァッ!?」
封印から出ていきなり訳も分からないままに攻撃を受けたヤツは悲鳴を上げる。宝物庫には防音の術式が組まれているはずなので、多少騒いでも大丈夫だと思う。
「
大司教様の部屋から聖水をせしめとけば良かった。無い物は仕方がないと即思考を切り替え、再度斬りつけるが先の攻撃が効いたのか、浮いたままのたうち回っているので上手く当たらなく掠った程度だった。幽霊は状況が把握出来ないが攻撃されているのでたまらず逃げようとしたのか凄い勢いで宝物庫の壁に向かって行き――
「どべしッ!?」
壁に激突した。
「な、なんだッ?
情報ありがとう。幽霊系はやはり透過
「テメーらかッ、さっきの攻撃は!? 死にかけたじゃねーかッ!」
冗談かな? 幽霊で死ぬとは如何に。
「……お前はなんだ?」
「オレ様か? フフン、聞いて驚け! 大悪霊グリムオールとはオレ様のことよッ!」
「…………」
「…………」
「ひぃっ、大悪霊!?」
「恐ろしい大悪霊様がどうして封じ込められてたんだ?」
「我が力を使い、料理をつまみ食いしたり、銅像に落書きや物を隠したりしてたら封印されたのだッ!」
「小悪霊じゃねーか」
幽霊系の行動指針は妄執で偏狭だ。賢しいウソはつけるが自らの衝動に逆らえず偽りはない。
怖気させずにはいられない。呪わずにはいられない。殺さずにはいられない。思い詰めたら一直線なのである。と対
悪戯好きには少し共感するが、霊は限度というか暴走気味になる傾向がある。だからこそ悪霊なんだろう。性質を解析したが、ヤることは変わらない。リーシャは既に魔法の発動待機まで済ませている。魔法は強力だけど詠唱の過程には魔法陣が浮き描かれ、時間がかかるのと、魔法陣によって視認されやすく知識があるなら陣を見ただけでどの魔法か特定出来るというリスクがある。
テキトーに気を逸らしてみるか。グリムオールの背後を指さす。
「せっかく出てきたところ悪いけど、もうお前の後ろに封印の罠を施しているよ」
「エッ、ウソ!?」
「ウソだけど」
「
「ギャアアァァッ!?」
簡単に引っかかって後ろを振り向いたので、すかさずリーシャが魔法を放った。先と同じ魔法なのは風系しか選択肢がないからだ。水や火の魔法だと宝物庫がえらいことになるし。怒られるし。
魔法の効果が切れたところをすかさず僕は両手で剣を左切上に傾け飛びかかる。充分に溜めてジャンプと同時に振り上げ抜いた一撃はグリムオールを捉え、手に重い確かな手応えを得た。
「オゴォッ!?」
天井近くまで跳ね上げられたヤツは風の魔法と合わせて喰らった攻撃でボロボロに見えるが霊体の特性だろうか、くっつくように元の姿に再生されていく。だがまた前よりもだいぶ縮んで見える。体力だか邪気だかが減っているのだろう。いや……あれで倒せないなんてさすがにしぶとすぎないか?
「く……オ、オマエラ、ガキの癖に殺意高すぎだろッ!」
「即断即決しないと下克上から逃れられないのだ」
「さっさとギルティ」
「育て方間違えたかなあ~」
痛みに喘ぎながらグリムオールは喚いている。ミューン、お前普段、隣で食っちゃ寝してるだけだからね?
(王という立場上、迷いなく即判断する状況による応対を身に着けねばなりません)
そう言って教育係でもある宰相から座学で問題を容赦なく楽しそうに投げつけてくるおかげか、周りを落ち着いて見れている。だけど冷静に振舞っているがさっきから僕……多分リーシャも違和感を抱いている。そんなに脅威と思えない邪気の大きさなのに、変にタフすぎる。僕たちと会話が出来るので知能も低くはない。コイツを倒せるかどうか一抹の不安がよぎる。
「魔、2」
「ヤー」
リーシャが僕にだけ聞こえるように小声で、あと魔法二回分と伝えてきたので、把握と返した。
魔法が使える回数がいつもより少ないのだが、それは午前中に魔術の講座があったからだろう。それを踏まえて、邪気の感じからしてイケると踏んだんだが……。
透過持ちの幽霊系は透けるから物理は効かない。リーシャの魔法は有効だし、僕の錆びた剣も魔力を纏っているから透過できないだろう。宝物庫の壁は厚いし、正規の扉は魔法も入り組んだ多重旋錠だ。容易には抜けれないはず。攻撃を確実に当てれば勝てる。ただ一つだけ不安要素はあるけど……
グリムオールは先ほどよりも天井近くに浮いているので、リーシャが丸見えだからさっきみたいに僕の後ろで隠れての詠唱は出来ない。ここからは正攻法で行くしかないかな。身体強化を使用した攻撃を組み立てる算段をしながら息を整え両手で剣を腰辺りでしっかり構える。
「逃げ場はないんだから大人しく倒れてよ。ほら、痛くないから」
「悪霊退散成仏すべし」
「いやいやイテェしッ!? オレ様はまだ暴れたり足りないんだよ! チクショウッ、あの時オレ様を封印したアイツも容赦なく襲ッてきやがッたし……ン? そういえばオマエ……、アルバートに似てるな。アイツの
アルバート……? 確か曾祖父の名前がそうだったような……え、そんなに古くから封印されているの? まぁあの封印物の傷み具合からして、あながち間違いないと思った。
「アノ野郎と、あと魔法使いもいたな。せッかく気持ちよく暴れていたのにアイツらのせいで……」
何やらブツブツと小言で呟いてる。
「アイツ王子だッたからな。ガキがいるならココは……
「――ッ!」
僕は一気に警戒を引き上げた!
徐々に感情を高めたのか最後の方は興奮気味に抜け道と叫んでいた。コイツは王家の隠し通路を知っているっ! 透過持ちだからもしかしてと考えていた。壁抜けをした時、部屋と部屋の狭間に”ソレ”を見つけたとしても不思議ではない。
……この歴史ある古城は、隠し通路が多すぎるのだ。
僕が危惧していたのは壁が薄い透過できそうな隠し扉から逃げられること……。幸いにも巧妙に偽装されている扉は僕たちの後ろに位置しているので抜けられないようにすればいい。
興奮冷めやらぬまま、首がなく丸い胴体に顔が付いてるような体形の悪霊は大仰な素振りで浮き沈みしながら辺りを見回している。
「アルバートがしつこく追いかけて来やがッたし、城中逃げ回ッたおかげで色んな部屋に入ッたからな……。そういえば、”この部屋もなんか見覚えあるなァ?”」
「…………」
それは
「”ココも何処か分かッてきたぞ……。壁の厚い部屋はあまり多くなかッたからなア!”」
「アワワ……宝物庫から出さないようにしないとっ!?」
「あ」
「あ」
ミューン、あとでデコピンだ!
大雑把な誘導に騙された、うっかり妖精の言葉が聞こえて現在位置を把握したのか。グリムオールはニヤリ、とその大きい口を歪めた。不味いっ……僕の不安が的中した。ヤツはこの部屋の隠し扉の存在を知っている! 思わず焦って、後ろの壁……棚と柱の人ひとり分くらいある隙間に隠されている扉に気を逸らしてしまい、突破されないように、守るように、足を横に大きく一歩踏み込んだ瞬間――
「へぶっ!?」
何か平たくて硬いモノが顔にぶつかった。あまり痛くなかったのでグリムオールから目を離さなかったが、ばさりと音がする足元に落ちたモノを一瞥する。
「本っ?」
何故本が、と思った時には既にそれは起こっていた。
棚や台に積まれていた書物や巻物、羊皮紙が独りでに浮き出し、突如突風が吹いて落ち葉が激しく踊るように舞っていた。先の二回にわたる『風刃』で少し羊皮紙などが散らかっていたが、それらを巻き込んで部屋中、僕らの周りにも不規則に浮き上がり纏わりつく。
「コイツっ、ポルターガイスト現象を起こしたのか!?」
「はわわ!?」
邪魔するかのように纏わりつく物を払いのけながら何とか目を離さないようにする。この分だとリーシャは魔法の詠唱を碌に出来ないか。ミューンは本に押しつぶされてるに違いない。だけどあくまで一時的で長くは続かないはずだ。この現象が終わるまで後ろに通さなければ……。
「じャあなッ、また
「――えっ」
グリムオールは後ろを振り向き、高笑いしながら、
そして、悪霊の背後にあった壁際の大きめの台座の中へと消えていった。
……ヤツが居なくなった途端、部屋中に浮いていた物は急速に力を失い床に落ちていく。ポルターガイスト現象が収まったのだろう。舞い落ちる羊皮紙の中、一瞬思考が止まって茫然と立ち尽くしてしまう。
……後ろを振り向くと、リーシャも驚くように目が開いていた。僕たちは無言でヤツが消えた台座のほうへ近づく。大理石で作られた四角型。自分より一回りも大きい台座は側面部分を花の彫刻で彩られている。一見ではただの立派な台座だ。……僕は、
言霊に反応し、台座の正面の彫刻と面の境目が石が擦れる音を出してズレていく。しばらく使われなかったからか埃を立てながらフタとなっていた部分が床に埋まるように沈んでいった。細工技術が秀でたロット族の渾身の仕掛けだ。中は空洞となっていて奥の方は暗くて見えないけど空気の流れを感じる。
…………これは、僕たちの知らない隠し通路だった。
ここまでしても認めたくない気持ちが残ってるけど、どうしようもない事実である。
静寂になった宝物庫にて、リーシャと何となく目を合わす。色んな疑問や様々な感情を表すような顔つきに見えたけど、きっとそれは妹も僕の顔を見て同じく感じたに違いない。そして高尚でもない気持ちで一つになったと確信し、重なり合って呟いた台詞は……
『やっべ、逃げられた』
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