世界終末的恋愛論
飴月
世界の終わりは恋の始まり
地球が、あと5分で消滅してしまうらしい。
学校の休み時間にふとスマホをつけると、そんな衝撃的なニュースが目に飛び込んできた。どうやら、巨大な隕石が地球に向かってすごい速度で落ちてきているそうだ。
何故今まで観測出来なかったのか分からない、と画面の中のニュースキャスターは嘆いているが、あと5分で地球が本当に消滅してしまうなら、そんなことはもうどうだっていいことだろう。
このニュースはあっという間に教室中に広まって、大騒ぎになった。私はそのとき、騒然としだした教室をぼんやりと眺めながらチョコレートを齧っていた。だって、なんか、勿体ないし。
地球が終わるなら最後に何を食べる、とか。誰と話す、とか。今まで何回か友達と話したことはあったけれど、まさか最後に食べる物がコンビニで売っているチョコレートだとは思わなかったなぁ。人生って、何が起こるか分からない。
しかし、食べ物には拘らない私だけど、拘りたいところはあるわけで。
「……なんだ。まだあと、5分もあるじゃん」
私はポツリとそう呟いて、騒がしい教室に反抗するみたいに、静かに本を読んでいる彼の元へ向かった。
「ねぇ、坂本」
名前を呼ぶと、坂本は面倒くさそうに顔をあげて、「おう」とだけ返事を返した。彼の周りだけ、いつも通りの平穏が流れていたから、少しほっとした。
「あはは。ほんと、ちょっと引くぐらいいつも通りだね。この状況で普通、本読んでる?」
「いや、だって結末知らずに死ぬのは嫌じゃん。なんか勿体ないし」
「それは確かにそうだけどさ」
確かに、みんなが家族に電話し始めた時に、1人でチョコレートを齧っていた私が言えたことではない。私はそう思って彼の前の席に座り、肯定するようにクスクスと笑った。
まぁ私も、未練を残して死ぬのが嫌だから坂本に話しかけに来たんだし。
その言葉を飲み込んで、時計を見る。
地球消滅まで、あと3分だ。
「あのね、坂本。私、坂本に言っておきたいことがあって」
「……何だよ、このタイミングでそんなこと言われると怖いんだけど」
「すき。大好き。坂本のことが、ずっと好きだった」
この想いを伝えるのには十分すぎるぐらい、まだ時間は残っていた。
だって、私が口を開き終えるまで、僅か15秒ぐらいのことだった。この言葉を口にするまでの準備時間は1年と半年で、今から一緒にいられる時間はどう頑張ったって3分しかないんだから、そう考えるとビックリするほど割りに合わない。
でも、恋ってやつは割りに合わない感情のくせに、嫌いになれないから理不尽だ。
あーあ、こんなに簡単に好意を伝えられるなら、もっと早く言っておけば良かったな。私達は多分、友達以上恋人未満の関係をずるずる引きずりすぎてしまってた。
地球消滅まであと5分なんて、急に言われても困る。5分で出来ることなんて、彼に想いを伝えることぐらいだ。私の重さはまだまだ、彼に伝えきれていないのに。
全然、足りない。足りないよ。彼と一緒に過ごすには、あと3分じゃ到底足りはしないから。
「きっと、来世も好きだと思う」
だから、生まれ変わっても私のこと見つけてよ。
そんな想いを込めて真っ直ぐ坂本を見つめると、坂本は、いつもの仏頂面を少しだけ赤く染めて、不機嫌そうに口を開いた。
「……だと思う、じゃ嫌なんだけど。来世も好きでいるって誓ってくれないと、不安で死ねないし」
「じゃあ、来世も好き」
「じゃあって何だよ。俺なんて多分、前世からお前のこと好きだわ」
そう言って坂本は、本から顔をあげて悔しそうな顔で笑った。そんなの、苦しすぎるよ。愛しすぎるよ。それなら多分、私は前前世から坂本のことが好きだよ。
その言葉を全部伝えたかったけど、あまりに時間が足りないから、私はその衝動のままに、坂本の薄い唇にそっと唇を重ねた。
ファーストキスはレモンの味、とかよく言われているけれど、さっき食べたばかりのチョコレートの味がする。
まぁでも、最後に食べたものがファーストキスの味。それってちょっとロマンチックじゃないか。悪くない。これならきっと、私の人生は幸せだったと言えるだろう。
そんなことを考えて、坂本から唇を離した。心臓があり得ないぐらいバクバクしている。でも、どうせ全部が終わってしまうなら、この先の人生で動かすはずだった脈を全部、坂本のために使って死にたい。
そもそも、私にまだ未来があったとしても、このドキドキは余すところなく坂本のものだったはずだ。
目の前で口をポカンと開けたままの坂本は、地球が消滅すると言われた時よりもよっぽど呆然とした表情で私を見ているから、ちょっと幸せな気持ちになった。だって、世界の終わりよりも私とのキスの方が、坂本にとって衝撃的だったってことじゃないか。
「……なんで急にキスしたの」
「キスもせずに死んでいくの嫌じゃん」
「…………どうせ来世でいっぱいするんだから、今しなくてもいいじゃん。今したら、なんか、もっと生きてたくなっちゃうし」
その、当たり前のように、来世でも私と出会うつもりでいる坂本の言葉が嬉しくて、「うん」と今にも泣き出しそうな声で呟いた。多分、泣き出しそうどころか実際に泣いていたと思う。
確かに、そうだ。私も同じだった。
世界の終わりなんかより彼とのキスの方が、私にとってはよっぽど大事なことだった。
それから私達は、手を繋いで目を瞑った。こうしていると、まるで世界に2人きりみたいでドキドキする。静まりかえった教室で、ただ私達の拍動だけが響いていた。
教室にはもう、私達の他に誰もいなかった。
もしかしたら、みんなで何処かに避難したのかもしれない。それでも、別にその後を追っていきたいとは少しも思わなかった。好きな人の隣で、永遠みたいに目を瞑っていることの方が幸せだと思った。
世界消滅まできっと、もう1分もない。
それなのに、隣に彼がいるだけで、ずっとこうしていられるような気がしてくるから、なんだかおかしい。
もう一度彼の顔が見たくて、固く瞑っていた目を開けて窓の外を見つめると、空がチカッと光ったような気がした。それが流れ星みたいだったから、不意に心の中で祈りを捧げる。隣には、同じように私を見つめて笑っている彼がいた。
あぁ、神様。どうか来世も、彼のそばに。
世界終末的恋愛論 飴月 @ametsuki
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