君の正体は

Strong Forest

悲願

 長座布団の上に横になって、気付かぬうちに眠ってしまったようだ。

 目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋ではなかった。

 俺はすぐに気が付いた。この流れは異世界転生であると。


 部屋は部屋だが、いつも置いてある、キャスター付きの衣類かけも、小物を入れるラックも、ベッドもない。何もない。

 だからここは、いつもの部屋ではなく、異世界だと即座に俺は判断した。


 いや?ちがう…

 いつもの部屋なのに、本来あるべき家財がない…


 どういうこと?


「もらっちゃったよー!」

 あ!これは!美少女の幼馴染こと菊坂凛きくさかりんではないか!

「今日こそ…今日こそは…お前を助けて、トラックに轢かれ異世界に行くんだ!」

「そうはさせるかあ!!」


 二人はファイティングポーズを決め向かい合った。

「あちょー!うぇあぁぁぁぁ!!!!」

「おりゃー!!たぁー!」

 跳び蹴り、正拳突き、デコピン、チョップ、目にもとまらぬ速さで繰り出される数々の攻撃。

 二人は激闘の末、じゃんけんで勝負を決めることに決めた。


 主人公は負けた。がっくりと膝を落とし、両手を床につけ嗚咽を漏らした。

「家具を返してください」

「返してほしければ私に勝つことだな。ハハハハハ」

 腕を組み主人公を見下ろす菊坂。


 主人公は泣きじゃくりながら、菊坂にしがみつき、哀願した。

「どさくさに紛れてお尻触んないでよね!」

 菊坂の平手打ちが雨のように主人公を襲った。

「わかりました…というか、家具を返してください」

「嫌だ」

「何とかお願いします」主人公は土下座した。


 菊坂は主人公の頼みを意に介さず、部屋を出て行ってしまった。

 主人公は、菊坂の後をつけた。

 気付いているのか、いないのか定かではないが、時折、菊坂は後ろを振り返った。

 そのたび、主人公は、電信柱や路地裏、住宅の垣根や塀などに身を隠した。


 来た!


 この時を待っていた。ここは閑静な住宅街。信号のない十字路を菊坂が通りかかった時、一台のトラックが猛スピードで走ってきた。菊坂はスマホをいじっていて、トラックに気付いていない。


 主人公の悲願が今達せられる。


 迷わず菊坂の前に飛び出す主人公。

 急ブレーキの音。ドゴンという鈍い音。主人公にいきなり突き飛ばされ、驚きの表情でよろめく菊坂。


 全身に走る衝撃と共に目の前が真っ暗になる。

 これで…これで…異世界に行ける。

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