アフターエピソード② おみくじは単なる娯楽

 お賽銭を投げ入れて鐘を鳴らし、しっかりと手を合わせてから列を抜ける。

 神様の存在やご利益を完全に信じているわけではないが、これで2人きりで神様に拝むことが出来たのだ。

 もう少しくらいなら、『永遠に結ばれる』なんて迷信を信じて幸せな気持ちに浸っているのも悪くは無いだろう。

 唯斗ゆいとがそんなことを思えるのも、隣で「これで一生離れないね」なんて微笑んでいる夕奈がいるからだ。


小田原おだわら、夕奈、そろそろ合流だ。花音がおみくじを引きたいってうるさくてな」

「うるさくないですよぉ! ただ、瑞希ちゃんとの将来が気になるだけで……」

「じゃあ、おみくじに『長続きしない』って書いてたら諦めるのか?」

「そ、それは……ぐすっ……」

「泣くな泣くな、おみくじなんて神主が作った単なる娯楽だ。何が書いてあったとしても、私が花音を幸せにしてやる」

「ほんとですか……?」

「私が約束を破ったことがあるか?」

「お母さんに聞こえるから声を出すのは我慢するって約束を―――――――――――」

「な、ななな何のことを言ってるんだろうな! いいから夕奈たちも買いに行くぞ!」


 慌てて花音の口を塞いだ瑞希は、駆け足でこまるたちの所へと戻っていく。

 それをじっと見つめていた2人は、お互いに顔を見つめ合いながら苦笑いをするしかなかった。


「一線、超えてるって本当だったんだね」

「瑞希、声震えてたから間違いないよ。あの様子だと先に手を出したのはカノちゃんっぽいけど」

「……この話、忘れようか」

「……それがいいと思う」


 唯斗と夕奈も今や恋人同士。あの二人と同じようなことに発展しないとも限らない関係だ。

 手繋ぎ、ハグやキスと多くの恋人が乗り越えるのに時間をかける壁を交際前に飛び越えた彼らにとって、そういう行為は案外遠くないわけで……。


「高校、卒業してからね」

「わかってるし」

「目が変態っぽかったから念押ししただけ」

「唯斗君こそ」

「そうかもね」


 そんな風にわざわざ制限をかけなければならないほど、お互いに意識してしまっているのも事実。

 今は固く繋がれた手のひらの感触だけで我慢出来ているが、本当に2人きりになったらと思うと自分の理性が持つかどうか不安だった。

 それを何とか抑え込むための策として夕奈が利用しようと考えたのが、これから引くつもりのおみくじである。


「唯斗君、おみくじに良い内容が書かれてたら帰った後にキスさせて」

「悪い内容だったら?」

「い、1週間ハグもお預け……」

「僕はいいけど、耐えられるの?」

「頑張るし」


 相当な覚悟をしているらしい夕奈を止めるわけにもいかず、唯斗は小さく頷いてから恋人がいる人用のおみくじを1枚購入する。

 他の4人も見守る中、深呼吸をしてから開いたその中に書かれていたのは――――――――。


『パートナーに女難の相あり』


 これがToL○VEるの世界ならそうとは言い切れないかもしれないが、間違いなく良い内容とは言えないもの。

 詳細としては、夕奈が唯斗のことを疎かにした場合、言い寄ってくる別の相手に取られちゃうかもしれないよ……とのこと。

 一方、片思い中の人向けのおみくじを購入したこまるはと言うと、『チャンスは気長に待つべし』と機会が訪れることをほのめかしている。

 これには夕奈も顔を真っ青にして抱きついてくると、こまるの方を見ながら「シャー!」と威嚇した。


「唯斗君は渡さないから!」

「今は、取らない。疎か、なったら……」

「四六時中一緒にいるし!」

「それは勘弁してよ」

「取られたくないもん!」


 もちろん唯斗だって別れるつもりは無いし、いくらこまるに迫られても断る覚悟をしているつもりだ。

 ただ、だからと言って夕奈が自ら口にした覚悟の方を無視するわけにはいかないわけで。


「夕奈、おみくじの内容良くなかったよね」

「……あっ」

「ハグ、禁止なんじゃなかった?」

「で、でも!」

「まあ、夕奈からは禁止だけど僕からするのは禁止じゃないからね」

「うぅ、唯斗君……」

「1週間なんて勝手に決められても、むしろ僕の方が持たないよ」

「えへへ。私のこと、めっちゃ好きじゃん?」

「当たり前でしょ、神様に誓ったんだから」


 何だかんだ自分にも夕奈にも甘くしてしまう軟弱な心に、唯斗がそっと目を瞑ったことは言うまでもない。

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