第428話 穴があったら叩きたい
スーパーボールすくいの結果は、イカサマを仕込まれたせいで大敗に終わったものの、罰ゲームが出来たからと満足気な
彼が本物のお祭りのように並ぶ屋台を眺めながら歩いていると、そこ中に見慣れない物があることに気がついた。
「モグラ叩き?」
「珍しい」
「だよね。ゲームセンターにしかないと思ってたよ」
中学に入りたての頃、ゲームセンターに行く度にモグラ叩きを当日の最高点を出すまで何度もプレイしていたのは黒歴史だ。
今思えば、あれも若気の至りと言うやつだったのかもしれない。ストレスも無いのにモグラを叩きまくっていたのだから。
「やる?」
「こまるがやりたいなら」
「唯斗は?」
「ちょっと興味はあるかも」
「なら、やる」
少し積極的な彼女に手を引かれ、屋台の中へと入ってみると、パイプ椅子にドカッと腰を下ろした強面の店主が小さく会釈をした。
お祭りの屋台というのはいい人たちが子供たちのためにと開いてくれているイメージがあるが、時には愛想の悪い人もいたりする。
仕方の無いことではあるが、やはりそういう人が目の前にいるとこちらは緊張してしまうというもの。
そして、まさにこの店主の目つきは、そんなピリッとした空気を発生させるほどに悪かった。
「えっと、2回お願いします」
「……200円」
「思ったより安いですね」
「……おう」
あくまでイメージではあるが、こういう人の店は1回300円、もっと高くて500円なんてこともありそうではある。
つまり、1回100円という価格設定は良心的と言わざるを得なかった。が、ピコピコハンマーを受け取った僕はおかしなことに気が付いた。
モグラ叩きと言えばモグラがひょこひょこと出てくる機械があるはずなのだ。しかし、台の上に置いてあるのは穴の空いたダンボールだけ。
「……」
「……」
それを見て静かに顔を見合せた唯斗とこまるは、言葉にこそしないものの、値段が安い理由を悟った。
おそらく、これは手作りのモグラ叩きシステムで、向こう側で店主が何かしらをすることでモグラの絵が描かれた紙でも出てくるのだろう。
電気も要らない、機械も買わなくていい。それならそもそものコストが安い分、多く料金を取る必要が無くなるのである。
しかし、こんな想像もできる。モグラの絵を叩いて破ってしまった場合、慰謝料だとか言って追加のお金を要求される未来だ。
この無愛想な店主からは、いかにもそんな雰囲気が漂っていた。予想できるリスクがあるなら、こちらも考えて行動しなければならない。
「……始めるぞ」
ボソッとそう呟いた店主は、何やらゴソゴソとしながらダンボールの向こう側へ隠れてしまう。
一体何をしているのかと不思議に思った矢先、穴の中からひょこっとモグラが顔を出した。予想に反して立体的なモグラだ。
100円と言えどお金を払ってはいるので、唯斗もどうせならと本気でピコハンを振り下ろそうとする。
だが、その手はモグラを殴る直前でピタリと止まった。だって、モグラの正体が手にはめて腹話術なんかをするマペットだと気が付いてしまったから。
「……これ、中に手があるよね」
「たぶん、店主の手」
「若干手首も見えてるから間違いないよ」
この時、唯斗がこれまでの心の声を全否定するように謝罪の言葉が頭の中を駆け巡ったことは言うまでもない。
店主の無愛想はそもそもそういう人というだけで、こうして100円で自分の手を犠牲にしてこちらを楽しませてくれようとしている人が、悪い人だとは到底思えなかった。
「せめて500円だったら叩けたのに……」
しかし、彼も100円で人間の心を売ったりなんてしない。人の手だと知りながら、全力で叩けるような無慈悲さは持ち合わせていないのだ。
何とか5回くらいは……3回……いや、1回でいいと繰り返す内に制限時間が終了し、結局叩けた回数は0回。
これでは自分の中に根付いた良心に抗うことが出来なかったせいで、100円をただただ店主自作のモグラを見るためだけに使ったも同然である。
「こまるもやる? お金は払っちゃったし」
「……一応、やる」
どこか曖昧な無表情でそう答えた彼女もまた、ただのモグラ鑑賞で終わったことは言うまでもない。
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