第429話 運命よりも大きなもの
モグラ鑑賞の口直しになる出店はないかと探していると、こまるが袖を引っ張りながら「あれ、やる」と何かを指差した。
そんな彼女の指を見て『綺麗な爪だ』なんて思いつつ、延長線上にあるものに視線を向けた
「くじ引き、好き」
「へえ、やっぱり景品狙いなのかな」
「いえす」
そう言った直後に何かに気が付いたらしく、「唯斗、もっと好き」と念押ししてくれたこまるに少し頬が緩みかけた。
しかし、広場の中心でニヤニヤするわけにもいかず、何とか顔には出さないように堪えながら目的の出店へと向かう。
「いらっしゃい!」
ここの店主は先程の寡黙なモグラさんとは違って、元気で愛想がいい人だということが出会って3秒で分かった。
ただ、こういう人にも気を付けるべきことがある。気さくでいい人であるが故に、初対面でもものすごい勢いで距離を詰めようとしてくるのである。
「お二人さん、お熱いね! デートかい?」
「いや、僕たちはそういうのじゃ――――――」
「デート、合ってる」
「ちょっと、こまる……」
「彼氏さんは照れ屋なのかな? でも、デートってことは君が色々ともてなしてあげてるんだろ?」
「まあ、一応はそうなるんですかね」
「それならこの後も色々あるはずだ。普段なら1回300円を取るところだが、特別に200円にしてあげよう!」
おじさんの言葉を聞いて、こまるがこちらを振り返りながらグッと親指を立てた。
どうやら恋人だということにして、上手く値引きを引き出したらしい。だとしても、この店主はなかなかに商売上手である。
300円ならコンビニ前などにあるガシャポンでも一回まわせば諦めるが、200円なら不思議と300円よりも高くなるというのに2回まわしたくなるものなのだから。
おまけに値下げまでされれば一度はチャレンジしないと罪悪感もある。
つまり、くじ引き出店における値引きとは、余程いい景品が当たらない限りは、店主の儲けが大きくなるという魔の手法なのだ。
「じゃあ、とりあえず2回くらいにしとく?」
「……」
「こまる?」
言葉に反応しない彼女を不思議に思った唯斗は、ふとその視線がとある一点を見つめていることに気が付く。
それを辿ってみれば、店の奥にある棚の一番高い場所に飾ってある四角い箱だということが分かった。
箱自体は何の変哲もない普通のダンボールなのだが、そこにマジックで書かれた文字は『特賞 クマのぬいぐるみ』。
おそらく盗まれたり倒れたり、とにかくここには置けない事情があるため、別の場所で保管している景品の代わりに置いているのだろう。
「特賞、まだある……?」
「彼女さん、なかなかお目が高い。出店はまだ開いたばかりだからね。特賞どころか一等、二等三等も全部残ってるよ」
「……ふふふ、唯斗、私たち、運がいい」
何やら怪しげに無表情のまま笑ったこまるの目は、例えるなら勝負師そのもの。
負けることなど見据えておらず、勝ち筋だけを見つめる真っ直ぐな瞳だった。
「心配、いらない。2回で、終わる」
「遠慮しなくていいよ。軍資金にはまだ余裕があるし」
「遠慮、ちがう」
彼女はゆっくりと首を横に振りながら400円を受け取ると、それを店主に渡した数秒後にはカゴの中から2枚のくじを取り出す。
軍資金を余らせて帰った場合、唯斗がハハーンから叱られることになってしまうのだが、こまるが再びこちらへ顔を向けた瞬間、彼は2回分で留めた理由を察した。
「一等と、三等」
普段は滅多に笑うことない彼女の表情が動く時、それがいいことであれ悪いことであれ、大きな何かを引き寄せる引き金になることを知っていたから。
「三等の景品って?」
「ゲーム、カセット。
「そんなの気にしなくていいのに」
「弟子、可愛がる、師匠の、仕事」
「……ありがとう」
「んふふ」
今は自分が楽しむ時間だと言うのに、この場にいない妹のことまで考えてくれる。
そんな優しいこまるの嬉しそうな微笑みに、唯斗の中の何かがほんの少しだけ動いたことはまた別のお話。
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