第420話 人は寝起きが一番無防備
翌朝、
「……何やってるの?」
寝ぼけ眼に写った人物、こまるはそう聞かれると首を傾げつつも、ズボンを握る手だけは離そうとしない。
状況から察するに彼女が脱がせようとしていたことは確かだが、その先にある目的が何だったのかは本人に聞かなければ分からないだろう。
その本人が正直に答えてくれるかどうかは、運に任せるしかないのだけれど。
「着替え、手伝う、つもり」
「まだ寝てたのに?」
「起きたら、着替えてる、びっくり」
「僕を驚かせたかったと」
「いえす」
「そっかそっか。それなら仕方ないね……とはならないよ」
「……ならない?」
「うん、ならないね」
いくら寝起きだからと言って、そんなお気楽な精神を持ち合わせているような人間ではない。
起きて外行き用の服だったら、昨日着替え忘れたのかと記憶を遡るし、誰かに着替えさせられたのなら服の内側を見られたことを気にする。
そしてそもそも唯斗は知っていた。こまるがそんな単純なドッキリを仕掛けるような性格でないことを。
「こまる、正直に話して欲しい」
「私は、いつも、正直」
「僕に嘘ついたことないの?」
「この気持ち、嘘はつけない」
「そういうこと言ってるんじゃないんだけど」
「好きな人、騙す、卑劣。こまる、正直者」
「じゃあもう一度聞くけど、どうして脱がそうとしてたの?」
「だから、着替え、手伝った」
「嘘つくならお泊まりは終わりだよ」
「……脱がして、人肌、温める、予定、だった」
「そっか、正直に言ってくれて嬉しいよ。だからって容認したりはしないけど」
一瞬瞳に希望の光を灯らせた彼女は、彼の言葉を聞いてしゅんと落ち込んでしまう。
この表情にはどうしても庇護欲をくすぐられるが、今回ばかりは鬼にならなければならないのだ。
こまるはこう見えてむっつりさんだが、だからと言って簡単に越えてはならない壁を越えさせるわけにはいかないのだから。
「唯斗、夕奈と、どこまで、やった?」
「どこまでって?」
「お泊まり、進展、あった?」
「ああ、それなら普通に何も無かったよ。普段と変わらずって感じかな」
「ハグは?」
「したよ、求められたから仕方なくね」
「キスも?」
「それはしてない。友達なんだから当然でしょ?」
「……ほんとに?」
「どうして疑うの」
こまるは訝しげに目を細めつつ、ジリジリと近付いて来たかと思えば、心の奥まで見透かさんばかりに目を見つめてきた。
そしてそのまま上半身だけを起こしていた唯斗をベッドに押し倒すと、顔を背けられないように両手を両頬に添えながら鼻が触れる距離まで顔を寄せる。
「念の為、上書き、させて?」
「ダメだよ」
「どして?」
「だって、こまるは彼女じゃないから」
「なら、彼女に、して」
「そんな簡単にできるものじゃない」
「簡単、違う。ずっと、返事、待ってる」
「……それはごめん。でも、今の僕には答えなんて出せな―――――――――」
そう伝えながら、ほんの少しの間だけ視線を外した瞬間、こまるはその隙を狙って唇を突き出した。
ほとんど距離のなかったこともあり、反応が遅れて避けることが出来なかった唯斗だが、柔らかい感触を覚えた箇所が予想と違い、思わず「え?」という声を漏らしてしまう。
キスをされたのは唇……ではなくて左の頬。昨晩のように顔を逸らすという抵抗すら出来なかったため、初めから頬へのキスを狙っていたのだ。
「唇、期待、してた?」
驚きを隠しきれなかった唯斗をからかうようにそう言う彼女は、「違うよ」と否定されると少しだけ微笑みながら唇の触れた部分を親指でそっと撫でる。
「冗談。今日は、これで、我慢」
「今日は?」
「明日は、わからない」
「それなら、毎朝気を張っとかないとだね」
「諦めて、襲われる?」
「まだその選択肢は無いかな」
朝に弱い唯斗ではあるが、守るべきものがあるなら話は別だ。諦めるのはその限界が訪れた時、もしくはこまるへの気持ちが固まった時でいい。
心の中でそう決めた彼は、まだ早めの時間を示す時計を見せながら「二度寝、しよ?」と言う彼女と共に、幸せな2時間睡眠を満喫するのであった。
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