第415話 3人目の師匠
初日ということで、こまるは30分弱でハハーンのお手伝いから開放された。
あと10分ほどで夜ご飯が完成すると言うので、
そこへ手洗いを終えたこまるがやってきたかと思えば、彼の隣に座ろうとして天音とピリッとした空気を走らせた。
「そこ、座りたい」
「……マルちゃんさんは師匠じゃないからダメ」
「師匠?」
「
「……わかった」
頑なに唯斗の横に座る権利を渡そうとしない様子にこまるは、リビングの隅に置かれたカバンを開けると、何かを取り出して戻ってくる。
彼女は球体と言うには柔らかめなそれをポイポイっと上に放り投げると、ジャグリングなるものを始めた。しかも玉の数は4つだ。
「ふん、そんなの夕奈師匠だって出来るし」
「じゃあ、これは?」
それでもツンとした表情を崩さない天音に、こまるは高めに放った隙に両方のポケットから新たな玉を取り出すと、合計6つのジャグリングにする。
これにはさすがに驚きを隠せなかったようで、「すごっ……いなんて思ってないけど!」と思わず本音を漏らす師匠審査委員会会長様。
しかし、彼女はこほんと咳払いをして首を横に振ると、「確かにすごいけど、師匠にはなれないね」と両手で罰を作った。
「これでも、だめ?」
「天音、ジャグリングしたいと思わないもん」
「……そっか」
こまるはしゅんと肩を落としながら玉を片付けると、今度は何も持たずにこちらへとやってくる。
そして天音に手招きをして耳元に顔を寄せると、何かを囁いたらしい。
「……ほんと?」
「いえす」
「試すよ?」
「構わない。成功する、絶対」
唯斗には何も分からないが、囁いた内容を知っていれば理解できるのだろう。天音は神妙な面持ちで頷くと、今度は彼の方へ振り向いて見つめてきた。
「お兄ちゃん」
「何か頼みごと?」
「うん。あのね、天音……」
両手の人差し指をつんつんと突き合わせながら目の前までやってきたかと思えば、目の前にしゃがんで膝の上に手を置いてくる。
そしてうるうるとした視線を真っ直ぐに飛ばしつつ、甘えた口調でこう言った。
「天音、買って欲しいゲームがあるの」
「……お小遣い減らす宣告されたばかりなんだけど」
「どうしても欲しいの。でも、天音のお小遣いじゃ買えないから……」
「いくらなの?」
「4000円くらいだと思う」
実に絶妙な値段である。4000円くらいなら確かに出せないことも無いし、可愛い妹のお願いなら無条件で聞いてあげたい。
しかし、最近新たに買いたい冬用の布団を見つけて貯金していたところなのだ。
もしもゲーム代を吐き出せば、冬が終わった頃になって貯金の意味がなくなってしまうだろう。
睡眠を取るか、妹の笑顔を取るか。3時間は悩める天秤ではあるが、「お願い、お兄ちゃん」という言葉でようやく腹を括った。
「わかった、買おう」
「ほんと?! やった、大好きお兄ちゃん!」
「その代わり、今晩一緒にお風呂……」
「分かってるよ♪ ちゃんとマルちゃん師匠も一緒に入ろうね!」
「入る」
「やっぱり2人きりじゃダメなのか……」
なんだかんだ師匠に昇格されたこまるもノリノリで擦り寄ってくるせいで、撤回する気もタイミングも失ってしまう。
それでも、嬉しそうな顔を見てしまえば、いいように扱われるお兄ちゃんというのも悪くは無いかもと思う唯斗なのであった。
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