第323話 お礼と言う名の拘束

「いやぁ、マルちゃんが元気になって良かったねぇ」

「これも全部、小田原おだわらのおかげだな」

「おだっちには感謝しないと〜♪」

「それな」


 いつもと変わらない様子で、談笑しながら買い足してきたおやつを食べる夕奈ゆうなと、さりげなくお皿に取り分けて食べ過ぎないようにしてあげる瑞希みずき

 その光景を見ながら緩い笑顔を浮かべた風花ふうかは、こまるの手の甲を撫でながら満足げに頷いていた。


「ほんとによかったです!」


 こっそりと夕奈の背後に回って、バレないようにお菓子をつまみ食いしていた花音かのんも、ようやく満足したのか元の位置に戻って腰を下ろす。

 彼女はそれから隣を見ると、「ねっ♪」と同意を求めるように満面の笑みを見せた。

 その視線の先にいる人物というのが―――――。


「……いつまでここにいなきゃいけないの?」


 ――――――唯斗ゆいとである。

 とっくにこまるも復活して、看病人としてお役御免になったはずの彼だが、何故かここに引き止められているのだ。

 夕奈が言うには「頑張ってくれたお礼、的な?」ということらしいが、先程からただただガールズトークをバックグラウンドにウトウトしているだけ。

 出来ることなら夕食までの間、自室でのんびりと過ごしたい彼からすれば、それはいわゆるありがた迷惑でしかないわけで。


「ずっと居てもいいかんねー?」

「それは遠慮する」

「私たちの仲やないの。遠慮は無用っしょ♪」

「それなら遠慮なく言うけど、夕奈の声が寝かけてる脳に響いてものすごく疲れるから外にいて」

「……本当に遠慮しないね?」

「うっ、頭がー(棒)」

「私を追い出そうとしてるだけじゃん!」

「ちっ」

「バレたからって舌打ちすな!」


 やはり集団というのはぼっち慣れした唯斗にはまだ厳しいらしい。

 元気を吸い取られるかのようにどんどんと眠気が増していくため、思考回路がムチを打たないと回ってくれなかった。

 それ故に返事はほぼ浮かんできた言葉を適当に返すだけで、そこには理性だとか『これは言わない方がいい』なんて判断は微塵もない。


「んん、大きな声出さないでよ……」

「やれやれ、唯斗君は相変わらず困ったちゃんだねぇ。そんなに眠いならベッド使ってもいいよ」

「ほんと? 夕奈のベッドどれ?」

「向こうの2つ並んでる内の左側」

「よし、じゃあ右のを借してもらおっと」

「夕奈ちゃんのを使おうね?」

「……はい」


 完璧な作戦だと思ったが、お尻を鷲掴みしてまで強硬手段に出るとは意外だった。

 ただ単に掴まれるだけなら痛みだけで我慢できなくもないが、夕奈の触り方はやけにいやらしい。

 痛くもこそばゆくもないというのに、何故かあまり続けて欲しくない。そんな不思議な感覚が何度もやってくるのだ。


「夕奈っていつも誰かのお尻触ってる?」

「え、どして?」

「触り慣れてる感じがしたから」

「安心して、唯斗君以外は女子のお尻だけだから!」

「うん、全くもって安心出来ないね」


 チラッと振り返った時の様子から察するに、視線を逸らした瑞希と花音は被害者で間違いない。

 確かに唯斗から見ても触りたくなる気持ちは分からなくもないが、そんなことを言ったら嫌われるのは確定なので、心の中では理解しつつも夕奈の敵というスタンスは貫くことにした。


「唯斗君も夕奈ちゃんのお尻触ってみる?」

「いいって言うなら触ろうかな」

「そうだよね、興味無…………え?」

「冗談だよ。僕は触るより叩く方が好きだし」

「あ、冗談ね。うんうん、知ってた知ってた。まあ、夕奈ちゃんは叩かれるのも嫌いじゃないから叩かれてあげてもいいって言うか?」

「いや、今のも冗談なんだけど」

「…………知ってっし」


 その後、意外にもあっさりと自分のベッドを使った唯斗の寝顔を眺めつつ、こっそりお尻を触ろうとしたところをみんなに止められる夕奈であった。


「ちょっとだけ、先っぽだけだから!」

「花音の前だぞ、変な言い方するなって!」

「私ので我慢しときな〜?」

「風花は喜んじゃうかんね。嫌がられないと揉みがいがないと言いますか……うへへ♪」

「お、おい。私の方を見るな。ちょ、変な手の動きをするなって……」

「隙ありっ!」

「あ、いや、待っ――――――――」


 それから瑞希がどうなったのかについては、ご想像におまかせするとしよう。

 ただひとつ言えることは、事が終わってから夕奈が30分ほど説教されたということだけである。

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