第320話 感謝にくっついてくる自責の念
「……?」
「こまる、この人は
「なるほど。ありがとう、ございます」
「いやいや、当然のことをしたまでにゃ」
「……にゃ?」
目覚めたばかりのこまるも猫さんの語尾に引っ掛かりを覚えたらしいが、そこは慣れるまでの辛抱だと流しておく。
ずっと聞いている
「いくら温かくても、夜はちゃんと布団をお腹までかけるにゃ。そうしにゃいと、また熱を出しちゃうにゃよ」
「今後、気をつける」
「うむ、よろしいにゃ。じゃあ、私はそろそろおいとまさせてもらうにゃね」
「どうせなら
「それは遠慮するにゃ。君たちが2人きりになれるチャンスを、大人の女として奪うわけにはいかないのにゃ」
「別に何も起こりませんよ」
「
そう言われて振り向いてみれば、じっとこちらを見つめるこまると目が合った。
いつも落ち着いている彼女にしては、布団の下の足を揺らしていたり、人差し指同士を突き合わせたりしてソワソワしている様子。
確かに猫さんの言うことも間違っていないのかもしれないが、それはそれで唯斗にとっては2人きりになる方が危ない気もする。
「あの、猫さ―――――――――」
「私は君の部屋でくつろいでいるから、用があれば呼びに来るといいにゃ。じゃ、さらばにゃ!」
留まっていて欲しいと頼む前に、彼女はいつの間にか抜き取られていたカードキーを持って部屋を飛び出していく。
部屋に入られること自体は、今は隠すべきものも無いので特に問題は無い。ただ、ドアが閉まると同時に距離を詰めてきたこまるの方は大問題だ。
「唯斗」
「……どうしたの?」
「みんなは?」
「沖縄の歴史について学びに行ったよ。今日のプログラムがそれだから」
「唯斗、残った?」
「どちらかと言うと残らされたんだけどね。こまるの看病は僕が適任だろうって」
「みんな、わかってる」
彼女はどことなく嬉しそうに頷くと、そっと唯斗の手を握りながら体を前のめりにする。
そしてそのまま倒れ込むように胸に顔を埋めると、細い腕でぎゅっと抱きつきながら「ごめん」と言葉をこぼした。
「みんな、行ってる。唯斗、残った。私のせい」
「そんな事言わないでよ。学習も大事だけど、僕にとってこまるの方が大事だと思ったのは事実だし」
「……嬉しい、ありがと」
「気にしないで。残った以上は僕はこまるの病気を治すことに専念するから」
そう言って頭を撫でてあげると、彼女はもっとと言いたげにじっと見上げてくる。
その要求に応えて追加撫でをしてあげていると、こまるは唯斗の服を掴みながら独り言のように呟き始めた。
「起きて、誰も、いなかったら、寂しかった」
「それは無いよ。絶対に誰かは残ってくれるはず」
「そう、だけど。やっぱり、不安」
「熱がある時はそうなるよね。僕も誰かそばにいるだけで落ち着けたから、その気持ちもすごくわかるよ」
「……目開けて、唯斗いた。すごく、安心した」
「そう言ってくれると、僕もここにいて良かったと思えるね」
「ずっと、居て欲しい」
「みんなが帰ってくるまでは離れないよ。トイレには行くかもしれないけど」
「トイレ、着いてく」
「それだけは勘弁してよ」
彼女の言葉には以前のように作戦っぽさだとか、わざと僕をドキドキさせようだとか、そんな気持ちは感じられない。
ただただ今は一人になりたくなくて、その気持ちが『離れる』というワードに反応して溢れてしまっただけなのだ。
そうは言っても一緒にトイレというのは問題があるので、唯斗はこまるの手を握り返しながら安心してもらうための言葉を紡ぐ。
「じゃあ、こうしよう。こまるに何かあって倒れちゃった時、僕が必ず目覚めの瞬間を見守ってるよ」
「ほんと?」
「その時は
「うん、安心、出来る」
「だから、まだ疲れてるなら眠ってもいいよ。起きたらたくさん話そう、楽しみに待ってるから」
「……そうする」
言われてようやく自分が無理矢理起きようとしていることに気が付いたのか、彼女は大きなあくびをひとつして体の力を抜いた。
抱きつかれたまま腕の中で寝息を立て始めるこまるを微笑ましく思いつつ、唯斗はその体をそっとベッドに寝転ばせて立ち上がる。
「もう少しで漏れるところだったよ」
彼は何とかこまるに正直な気持ちだけを伝えることで、尿意を我慢していることを伝えずに済んだのだ。
ただ、慌てて駆け込んで用を足し終えてから、『女子部屋のトイレ、使ってよかったのかな』と少し後悔したことは言うまでもない。
「……黙ってればバレないかな」
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