第319話 猫の居候

「で、いつまで残るんです?」

「なんにゃ、私はお邪魔だったかにゃ?」

「別にそういうわけじゃないですけど」


 診察が終わってからも、猫人間はずっと部屋に留まってキョロキョロとしていた。

 その割には何も会話が起こらないので、さすがの唯斗ゆいとも気まずさを感じ始めたところなのである。


「というか、名前教えてくださいよ」

「猫にゃ」

「いや、そうじゃなくて本名です」

「だから本名を言ってるにゃ」

「……あ、ネコさんってことですか?」

「そうにゃ。瞬火またたび ねこにゃ 」

「珍しい名前ですね」

「意味を知った時は複雑だったけど、もうとっくの昔に慣れちゃったにゃ」

「受け入れてにゃーにゃー言ってますもんね」

「キャラ付けって大事にゃよ」

「急に大人の事情挟まないで下さい」


 猫さんは「普通に話しても印象に残らないにゃ」なんて言っているけれど、三十路でこの見た目なだけでインパクトの塊だ。

 肌だって小学生で通用するレベルでピチピチだし、あどけない表情と医師免許取得済みというギャップもまたキャラが立っている。

 唯斗は心の中でそう呟きつつ、子供のようにあくびをしている彼女の頬を人差し指でツンツンとしてみた。


「なんにゃ?」

「こまるに負けてませんね」

「こまるってこの子にゃよね。お世辞にも程があるにゃ、JKにはさすがに勝てないにゃよ」

「そんなことないですよ。猫さん、猫年齢でまだ3歳ですし」

「……君、名前は?」

小田原おだわら 唯斗ゆいとですけど」

「小田原少年は飲み込みが早いようにゃ。私は君が気に入ったのにゃ」

「それは良かったです」

「その功績に免じて、お茶くらい出せよと思っていたことは忘れてやるにゃ」

「あ、お茶を出して欲しくて居座ってたんですか」

「ついでにお菓子もあれば大満足だったにゃ」


 図々しいと思わなくはないが、東京行きチケットのためとは言え、わざわざ診察に来てくれたのだ。

 確かに何も出さないというのは失礼だったなと思い直した彼は、ひとつくらいバレないだろうと夕奈が置いていたお菓子を頂戴して渡しておく。


「干支クッキーにゃ?」

「そうですね。僕も昨日分けてもらいましたけど、なかなか美味しかったですよ」

「……猫」

「どうかしました?」

「……猫がいないにゃ」

「干支ですからね」

「猫は一日日付を間違えて干支になれなかったって話があるにゃ。私に干支を突きつけるなんて、極悪非道な行いにゃ!」

「猫意識高過ぎません?」


 それからも猫として仲間の恥ずかしエピソードには耐えられないだとか何とか言うので、仕方なく他のお菓子を見つけて取り替えてあげようとする。

 しかし、唯斗が戻ってきた時には既にクッキーは彼女の口の中。何だかんだ言いながら美味しそうに食べていた。


「干支は成敗しておいたにゃ。さあ、新しいお菓子を渡すのにゃ!」

「呆れるほど傲慢ですね」

「私は猛烈にお腹が空いてるのにゃ」

「これ以上は僕が怒られちゃいますよ」

「渡さないと私が怒るにゃよ? 私のお父さんは私が前に働いてた病院の医院長にゃ、恐ろしいことになるにゃよぉー?」

「そんな脅しに屈すると……って、猫さん自分のお父さんにビンタしたんですか?」

「そうにゃ。辞めると言った時は泣いてたにゃ」

「さすがにお父さんが可哀想すぎますよ。今すぐ謝って戻らせてもらいましょう」

「私に帰る場所なんてないのにゃ!」

「居候させてもらう立場の人が、カッコつけたセリフ言ってる場合じゃないですって」


 娘に離れられるのは、妹が兄離れするのと同じかそれ以上に辛いことだと聞いたことがある。

 そのため、唯斗は天音あまねに嫌われることを想像すると、お父さんの気持ちが痛いほどわかって辛いのだ。

 だからこそ、2人の仲直りを促すのだけれど、頑固な猫さんは絶対に謝らないと拒否し続け、その騒がしい攻防によってこまるを起こしてしまうことになるのだった。

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