第301話 証拠は突きつけるタイミングが命

「生徒指導の一環としてお話を聞かせてください。先程のキスについて」


 この言葉からも分かる通り、先生はあの時咄嗟に助けに来たのではなく全てを見ていたのだ。

 その上で逃げることを手伝い、何事もなくて良かったと安心させてから油断したところをこうして捕まえる。

 この手段を使うことで、不意を突かれた相手に言い訳を考えさせる猶予を無くすことが出来るのだ。

 まさに美人女教師の仮面を被った悪魔、そう一部の生徒から恐れられているということも頷けてしまう。


「な、なんのことですか?」

「とぼけても無駄です。私がなんのためにあの場をいさめたと思っているのですか」

「それは生徒を守るためじゃ……」

「いいえ。騒ぎになって他の先生に見つかっては、せっかくの私の愛のある指導スパルタが出来ないからですよ♪」

「げ、外道だ……」

「ふふふ、外道程度で済めばいいですね♡」

「ひっ?!」


 笑顔なはずの瞳の奥にくすぶる黒い何かを見た瞬間、夕奈ゆうなは腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

 風の噂で『一度指導を受けた生徒は二度と逆らえなくなる』という話を聞いたことがあったが、それは本当だったのか。

 引きずられるようにして連行される彼女を眺めながら、自分は指導されるようなことはしないでおこうと心に誓う唯斗であった。


「さあ、向こうの物陰でゆっくりお話しましょうか」

「ひゃ、ひゃい……」

今子いまこさんもこちらへどうぞ」

「……」

「反抗しますか?」

「……しない」

「いい子ですね。大丈夫、可愛い生徒に痛いことはしませんから」


 どう考えても『傷を付けない』と言っているようにしか聞こえない文言に、唯斗たちまでも思わずブルっと震えてしまった。

 それでも、2人がキスをした原因として責任を感じている瑞希みずき花音かのんは、心配でいても立っても居られなかったらしい。

 裏路地へ連れていかれる2人を少し時間を開けて追いかけると、バレないようにこっそりと中を覗き込んで耳を澄ました。


「なるほど。瑞希さんと七瀬ななせさんを助けるために、あなたたちはと」

「そ、そうなんですよー! ねぇ、マルちゃん?」

「いえす」

「2人の言い分は分かりました。それが本当なら、指導する理由もありませんね」


 どうやら、あの時は唇が触れていなかったということにして、『必要な事だった』と先生を騙し切る作戦のようだ。

 事実を間近で見ていた唯斗からすれば苦しい弁解のように思えるが、少なくとも先生はある程度距離のある場所に立っていたはず。

 誤魔化すというのも無理な話ではなかった。……確かな証拠さえなければ。


「そう言われると思っていました。なので、ちゃんと動画を撮っておきましたよ」

「なっ?! わざわざ撮影なんて……」

「いえいえ。わざわざ生徒の悪行を証拠に残そうとするほど性格悪くありませんよ」


 先生はクスクスと笑いながらシャツの胸ポケットに手を添えると、そこに入っている万年筆を取り出した。


「これが何か分かりますか?」

「えっと……百年筆?」

「ゼロが2つ足りませんね」

「万年筆」

「そう、今子さん正解です。が、あくまでそれは見かけだけの話。ここを押してみると……」


 そう言ってペンの先端を押すと、まるでカシャッとシャッターを切るような音が聞こえてくる。

 おそらくスパイグッズなんかによくあるタイプの、小型カメラが内蔵された万年筆なのだろう。

 存在は聞いたことがあったものの、唯斗は実際に持っている人を初めて見た。ほんの少しだけ中二心がくすぐられるのは何故だろうか。


「これ、高性能なんです。歩いているだけで撮影した映像を私のスマホに送信してくれるんですよ」

「やっぱり撮ろうと思ってたんじゃないですか!」

「それは言いがかりです。私は風景を取ろうと思っていただけで、偶然にも2人が写っただけですから」

「……ずるい」

「こうして証拠を握っている以上は仕事をしなければいけません。ふふふ、恨まないでくださいね♪」


 スマホをポケットにしまい、言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべながら2人に迫る先生。

 これから一体どんなことが行われるのかは分からないが、少なくとも命を奪われることまではないだろう。


「大人しく指導を受ければ、不純同性交遊のことは学校には秘密にしてあげますから……ね?」

「お、脅しじゃないですか!」

「……卑劣」

「ていうか、キスくらいで大袈裟だよねー!」

「それな」


 唯斗が心の中で南無阿弥陀仏を唱え始めた頃、ヤケになった夕奈が声を震わせながら発した言葉によって、先生の表情からスッと笑顔が消えてしまった。


「せ、先生が学生時代に青春できなかったから……ひ、ひがんでるだけなんじゃないですかー?」


 その後、先生が発したワントーン低い「ほう」という呟きに、彼女が今にも土下座しそうな勢いで震え上がったことは言うまでもない。

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