第300話 目的さえあれば嫌なことも頑張れる

 会計を済ませて店を出た瑞希みずきは、スマホで時間を確認して「もうこんな時間か」と呟く。

 既に集合時間の10分前で、今から戻ってちょうどいい時間というところ。本来ならもうひとつくらいお店を見る気だったらしいが、それは叶いそうになかった。


「まあ、十分楽しんだからいいか」

「大満足だよ〜♪」

「それな」


 予定外のアクシデントも遠出の一興。何だかんだ騒がしく楽しくやれたのだから文句はない。

 みんなそう思うことにして……いや、実際に心からそう思えているからこそ、惜しむことなく集合場所へとつま先を向けた。


「あれだけ食べたら太っちゃいそうだね」

夕奈ゆうな、それは言わない約束だろ?」

「そうだけど、この悩みは共有したいじゃん」

「それもそうか。今日くらいは許してやる」

「さすが瑞希、心が広い女!」


 両手で作ったメガホンを口元に当て、「よっ!」なんてはやし立てる夕奈に瑞希は満更でもなさそうに後ろ頭をかく。

 カロリーの話はなるべくしないことが暗黙の了解ということは唯斗も以前聞いたが、今回ばかりは本人たちも食べ過ぎたことはわかっているのだろう。


「てか、瑞希ってどうやってダイエットしてるの?」

「前にも話さなかったか? ジムだよ」

「デスクワークなんてして痩せれる?」

「その事務じゃない。運動をしに行く方のジムだ」

「あー、イケメンのトレーナーがやけに教えたがってくるって言ってたやつ?」

「いや、今は別のところに移った。学生専用ってのを見つけてな、安いのに設備がいいんだ」

「今度行く時は夕奈ちゃんも誘ってよ」

「いいぞ。一応全員に声掛けるか」


 『全員』といいつつ、やけにこちらを向く瑞希の視線に嫌な予感を覚える唯斗。

 彼が「前もって教えて。風邪引く準備するから」と言うと、夕奈が「一緒に来たらいいもの見れるのになー?」と肘でつついてきた。


「金一封とかかな」

「それ、見るだけで楽しい?」

「滅多に見れないからね」

「幸せそうでよかった……って、そうやなくて。夕奈ちゃんのトレーニングウェア姿のこと!」

「金一封の方が楽しいじゃん」

「手に入らないんだよ?」

「そんなこと言ったら夕奈だって手に入らないよ」

「そ、それはどうかわかんないけどぉ……?」

「別に欲しくもないし」

「貰っとけやおら」


 貰っとけというのは、アニメでたまに見る『自分がプレゼント♪』的な意味の貰うなのだろうか。

 それを現実でやろうとしているのなら、かなり痛い状態だから止めるべきだね。

 唯斗が心の中でそう呟いていると、黙って話を聞いていた瑞希が「これは言う必要がないと思ったんだが……」と話に入ってきた。


「今行ってるジムに、すごく美人なトレーナーさんがいるんだ」

「ふむふむ、なるほど」

「……興味持つのは早くない?」

「これも余計な情報だが、そのトレーナーさんの胸は下村しもむら先生と同じレベルだ」

「それはとても重要な情報だね」

「体験コースを受講すれば、その人にみっちり鍛えてもらえるぞ?」

「よし、行こう」

「ちょっと唯斗君?!」

「何か問題でもある?」

「あるよ! 大アリだよ!」


 不満そうに頬を膨らませた夕奈は、自分の胸をペシペシと叩きながら目を細めて睨んでくる。

 何かつっかえて苦しいのかと思って背中を撫でてあげたが、そうではないようであっさり手を弾かれてしまった。


「おいおい、夕奈。ようやく小田原おだわらが行く気になったんだぞ?」

「美人なトレーナーさん目的だよ! そんなの夕奈ちゃんのプライドが許せん!」

「大きな胸に興味を惹かれるのは男の本能だろ」

「瑞希は持たざる者の気持ちがわからないんだー!」

「ちょ、待てよ!」


 呼び止める声に耳も貸さず、見えてきた集合場所へと走って行ってしまう彼女。

 良かれと思ってした行動が裏目に出てしまい、謝ろうと瑞希が急いで追いかけようとしたその瞬間だった。


「瑞希に私の気持ちなんて……うぐっ?!」

佐々木ささきさん、待っていましたよ」


 突然現れた下村先生に襟首を掴まれ、自称神美少女らしからぬ苦しそうな声を漏らす夕奈。

 先生はそんな彼女をニコニコしながら見つめると、その視線をこちらにいるこまるへも向けて手招きをした。


「生徒指導の一環としてお話を聞かせてください。先程のキスについて」

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