第284話 人は危機的状況でこそ本性が分かる

「だずげでぇぇぇぇぇ!」


 店から大慌てで飛び出してきた夕奈ゆうなは、半泣きで唯斗ゆいとに抱きつくと、震えながら胸に顔を埋めてくる。

 余程恐ろしいものがあったのか、彼女は「服が汚れるから離れて」という言葉にも反応せず、ひたすらに彼の体を両腕で締め付けていた。


「夕奈、何があったの」

「お、お化けがぶつかってきたぁ……」

「お化けって触れないと思うけど」

「触れるタイプのお化けなんだって!」

「……ああ、それ人だと思うよ」

「どうして言いきれるのさ!」

「だって―――――――――」


 唯斗がお店の方を指差すと、夕奈は彼の視線を追いながら恐る恐る振り返ってみる。

 そこには彼女が見たと思われる『お化け』がたたずんでいて、杖をつきながらゆっくりとこちらへ向かって歩き始めた。


「お、お化けが出てきたぁぁぁぁぁ!」

「夕奈、よく見て」

「みんな食べられちゃうよ、唯斗君を囮にして……」

「おい、聞け」


 あまりに話を聞かなすぎるからと、痺れを切らしたこまるが脇腹にチョップを入れ、痛みで一時的に正気を取り戻させる。

 いい加減瑞希に頼もうかと思ってたけど、こまるのおかげで呼び戻さなくて済んだよ。


「ほら、目を凝らして」

「お化け……お化け……あれ?」

「ただのお婆さんだよ」


 暗闇から光を浴びる場所に出てきたのは、紛れもなくただのお婆さん。

 確かに魔女のローブのようなものを羽織ってはいるが、普通に足か腰を悪くしてしまったお婆さんだ。


「誰がお化けじゃ、まだ生きとるわい」

「ご、ごめんなさい!」

「謝らんで良い。わしの店に入った割に、肝っ玉の小さい女子おなごじゃのぅ」

「うっ……」

「お主ら、修学旅行生じゃろ? 混んでいてどこにも入れず、わしの店を覗いたと言ったところかの」

「唯斗君、このお婆さん予知能力持ってるよ!」

「誰でも分かることをそれっぽく言っただけだよ」

「私には分からないし!」

「それはバカだから」


 こまるが「それな」と言うと、夕奈は悔しそうに地団駄を踏みながら歯を食いしばる。

 その様子を見たお婆さんは「ふぇっふぇっふぇ……」と奇妙な笑い方をすると、杖をコンコンと地面に打ち付けてからくるりと背中を向けた。


「いい暇つぶしになるじゃろ、見ていくといい」

「どんなお店かだけ教えてもらえませんか?」

「おっと、それは見てからのお楽しみじゃよ」

「商売上手ですね」

「店は寂れとるが、腕は錆とらんからのぉ」


 コツコツと店の中へ戻っていくお婆さんを追いかけて、唯斗たちも中へ入らせてもらうことにする。

 しかし、彼は入口の手前でふと立ち止まると、未だに腕に抱きついてきている夕奈を見て言った。


「そう言えば、さっき僕を囮にするとか言ったよね」

「き、記憶にございません……」

「夕奈の本性ってあんななんだ。ちょっと失望した」

「あの時は慌ててたからなの! 本当は唯斗君のことなら体張って守りたいし!」

「それはそれでやめて欲しいかな」

「なんで?!」


 唯斗は借りを作りたくないという意味で言ったつもりだったのだが、勘違いした彼女は「なるほど、夕奈ちゃんを守る男になりたいのか!」なんて呟きながら勝手に照れている。


「まあ、別になんでもいいけど。とりあえず腕から離れてくれない?」

「断る! こうしてると好感度上がるってキャ〇キャンに書いてあったもん♪」

「むしろ現在進行形で下がってるよ」

「なんでや、胸が足りないってか!」

「いや、暑苦しい」

「え、夕奈ちゃんと熱い夜を過ごしたいって?」

「思ったことすらない」

「妄想くらいはしたこと――――――」

「ごめん、ちょっと無理。ほんとごめん」

「2回謝られるとめちゃくちゃ傷つくんだけど?!」

「ごめん」

「……からかってるよね?」


 結局、その行動が逆に夕奈の意地悪な部分を煽り立ててしまったようで、彼女はニヤニヤしながらもっと体を密着させてくる。

 それを見ていたこまるまでもが反対側の腕に擦り寄ってきてしまい、唯斗は11月に店内の扇風機に感謝することになるのであった。


「やっぱり余計なことはすべきじゃないね……」

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