第285話 怪しいもの、買うべからず
扇風機に当たること3分、ようやく汗が引いた頃にお婆さんが「こっちこっち」と手招きをする。
「わしの店では少し変わったものを取り扱っておるんじゃ」
「変わったものですか」
「例えば、こういうマスクとかじゃな」
カウンターの下で何やらゴソゴソと漁っていたお婆さんは、突然「わっ!」と大きな声を出して顔を上げる。
その頭にはやけにリアルなカッパのマスクが被られており、店の雰囲気に助長されているおかげでそこそこ迫力があった。
「でも、そんな子供騙しじゃ驚きませんよ」
「それな」
「そうかい?」
「お婆さんだってバレてますし」
「無反応」
「お2人さんは慣れとるらしいのぅ。そちらのお嬢ちゃんには効いたみたいじゃが」
「……あっ」
お婆さんの言葉に右隣を見てみれば、
危ないから助けてあげようと手を差し伸べてみるが、夕奈はそれを掴む素振りも見せない。
「夕奈?」
おかしいと思いながらイスの角度を元に戻してあげると、彼女はその勢いでカウンターの上に上半身を乗せてうつ伏せになってしまった。
どうやら先程のドッキリで意識が飛んだらしい。その状態ですらあのバランスを保っていたのかと思うと、さすがの運動センスだなと感心する。
「この人のことは気にしないでください。少しすれば起きると思うので」
「それなら早速商売を始めようかの」
お婆さんはそう言いながら商品らしきものをカウンターに並べていくと、左から順に説明し始めた。
「これは金運財布じゃ。この財布を使っていると、不思議とお金が貯まりやすくなる」
「はぁ、不思議と……」
「お主、疑っとるのか?」
「いや、疑うも何も表面にいくつも『金欠』って書いてあるじゃないですか。なんのオカルト的な力でもないんだなと思っただけです」
「お金は自制心で増やすものじゃ。力に頼っておっては、それを手放した瞬間に破滅する」
「意外とまともなこと言うんですね」
「こう見えて人生経験豊富なんじゃよ」
お婆さんがどう見えていると思っているのかは分からないが、さすがに金欠と何十個も書かれた財布を使うのには抵抗がある。
そもそも、この財布を見られたくないがために、買い物にすら行かなくなる可能性があるので、2人とも購入はしないことにした。
「次は気に入るはずじゃ。なんと、過去を綺麗さっぱり消せるボールペンなんじゃよ」
「それは興味深いですね」
「聞いて驚くのじゃ。このペンで日記を書けば、嫌な思い出であっても反対側のゴムの部分で擦れば消えるんじゃ」
「……それ、フリクションですよね?」
「次の〜目的地を〜って歌っとる人たちのことか?」
「それはサカ〇クションです」
今を生きる若者なら知らない人はいない、というより一つ前の世代くらいが全盛期だったであろう消せるボールペンのことだ。
もちろん、それで消したからと言って事実はなかったことにはならないし、おそらく死神ノートに書いた名前を消しても取り消せないだろう。
「それ、ゴムと紙の摩擦熱でインクの色を消してるだけですから。インク自体は残ってるのでそもそも消せてないんですよ」
「……ちょっと何言ってるか分からないのぅ」
「もう少し惹かれる商品はないんですか?」
「な、なら、うちのおすすめ商品じゃ!」
満を持して紹介されたのは、見たところ小さな瓶に入った何の変哲もない透明な液体。
まさか危険なお薬だろうかと身構えるが、どうやら違うらしい。お婆さん曰く、これは恋を諦めるための魔法の液体なんだとか。
「これを相手に2、3滴かけるだけで、諦めたい恋をきっぱり諦めることが出来るのじゃ」
「ねぇねぇ、逆に惚れさせる薬はないのー?」
「……お嬢ちゃん、いつの間に起きたんじゃ」
「JKは恋という言葉に敏感なのさ!」
「よく分からんが、惚れ薬なんてものは無い。自分の気持ちはともかく、相手の気持ちを変えるのは良くないことじゃからな」
夕奈は不満そうにしているが、お婆さんの言っていることは正しい。他の部分は如何なものかと思うが、ここだけは真っ当な人間でよかったと思えた。
「一瓶5000円払うなら入荷してやらんでもないが」
……前言撤回、やっぱりダメな人だった。
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