第229話 妹面接は厳しくなる時もある

「お泊まりかぁ……」


 帰宅後、唯斗ゆいとは自室のベッドに寝転がりながらそんなことを呟く。

 単なるお泊まりと言えばそれまでだが、こまるの気持ちを考えるとそう簡単に割り切れないのだ。

 彼女にとってこのイベントは距離を縮める大チャンスであり、あわよくば……というところまで考えているだろうから。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

天音あまね。ちょっと色々あってね」

「相談相手になろっか?」

「妹に聞かせられることじゃないよ」

「察するところの、夕奈ゆうな師匠か小さい先輩のことでしょ」

「……どうして分かるの?」

「お兄ちゃんが本気で悩むことなんて、寝不足かそれかくらいだもん」

「我が妹ながら失礼なこと言うね」

「でも、合ってる」

「違いない」


 そんな感じで、ベッドの縁に座った天音に話を聞いてもらうことになった。

 まさか、まだ小学生の妹に恋愛の話をすることになるとは思っても見なかったのだが、彼女は意外と聞き上手らしい。

 躊躇っていた割には、スラスラと言葉が出てきたのだ。それはもう、マジシャンの口から引っ張り出される国旗のように。


「……そういうわけなんだけど」

「なるほどね。小さい先輩か師匠かで悩んでいると」

「そんなことは一言も言ってないよ」

「お兄ちゃんの心がそう叫んでる!」

「幻聴かな。耳鼻科行く?」

「だが断る!」


 ビシッと手のひらをこちらに突き出して首を横に振る天音に、唯斗は『ますます夕奈に似てきた』とため息をついた。

 それからもう一度こまるとの経緯を話し、現在は「断るべきだよ」と否定されたところである。


「どうして?」

「師匠とくっついて欲しいもん」

「お兄ちゃんは天音とくっつきたい」

「んぅ、ぎゅーしたいなら先に許可を取って!」

「してもいい?」

「……今日は特別だよ?」


 仕方ないというふうに両手を広げてくれる妹をハグし、元気を注入してもらった彼はさらによしよしと頭を撫でてあげた。


「お兄ちゃんの手って大きいよね」

「背は低くない方だからね」

「撫でられるの、嫌いじゃないよ」

「それはもっとしてって意味?」

「……言わせないでよっ!」


 軽くペシペシと叩いてくる天音を宥めつつ、再度抱きしめて元気全開。

 おかげで気持ちも前向きになったのか、お泊まりも案外何も無く終わるんじゃないかという気がしてきた。

 日程は今週の週末。土曜日の昼頃にお邪魔して、日曜日の夜に帰る予定だ。その程度の時間くらい、何とかなるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えつつ、天音を解放してあげると彼女はどこからともなくメモ帳を取り出してこちらを見つめてきた。


「ふぅ。お兄ちゃん、ハグ料金払って」

「そんな制度あったの?」

「昨日から全国で導入されたよ。ハグ10秒につき100ユーナ」

「100ユーナ?」

「1ユーナにつき、3秒間師匠と見つめ合うんだよ」

「5分も夕奈を見つめるの? 頭おかしくなるよ」

「好きすぎて?」

「いや、興味無さすぎて」


 嫌いなら悪口がいくらでも思い浮かぶし、好きなら見つめるだけで楽しいだろう。

 だが、唯斗が夕奈に思うことといえば、初めに比べたらプラスなことも増えたには増えたものの、やはり尽きるのは早いのだ。


「ハグで10ユーナ、キスで30ユーナ返済できるよ!」

「他には無いの?」

「2人でお出かけすれば5ユーナ。結婚してくれたら必ず完済出来ることにしようかな」

「随分と天音に都合のいいシステムだね」

「さあ、お兄ちゃん。どうやって返すの?」


 そう聞いてくる天音に、唯斗は思わず首を捻ってしまう。妹に借金とは兄としての威厳が丸潰れだから。

 本物のお金ではないとて、そういうものは早めに処理してしまいたいことに変わりはないのだ。


「お菓子買ってあげるから半分にしてよ」

「もう天音だって子供じゃないだから!」

「ケーキも買ってあげる」

「……」


 一瞬だが、彼女の目が泳いだのがわかった。動揺しているサインである。

 ここでもう一押しすれば、心の通貨ユーナで建てられたベルリンの壁の崩壊も目前だ。


「お兄ちゃん、天音のこと大好きだからさ。たくさんなでなで出来ないと悲しいなぁ」

「っ……わ、わかった。残り50ユーナにするから!」

「半分も残すの?」

「そこまで言うなら完済でいいよ!」


 悲しむような顔を作ってみせると、天音の良心に響いたのか激甘条件まで引き下げてくれる。

 ただ、やはり一筋縄ではいかないようで、彼女は代わりにこんな条件を出してきた。


「小さい先輩とお泊まりするなら、天音に100ユーナ払ってよね!」


 結局は払わされる運命なのである。唯斗は短くため息をつくと、心の中で『ずる賢いなぁ』と呟きつつも首を縦に振るのだった。


「わかった、土曜日までに払うよ」

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