第215話 おふざけと砂糖は加減が必要

 それから数日後、10月31日。

 ついに訪れたハロウィンの昼前、唯斗ゆいと夕奈ゆうなの家にやってきていた。


「いらっしゃい!」

「みんなもう来てる?」

「お菓子作り始めてるよ」

「なら急がないとね」


 ちなみに、まだ仮装はしていない。粉や牛乳が飛んだら、せっかくの衣装が汚れちゃうからね。

 家に上がらせてもらった彼は、真っ直ぐにキッチンへと向かう。そこでは既にエプロン姿の瑞希みずきたちが作業をしていた。


小田原おだわら、遅刻だぞ」

「ごめん、寝てた」

「ほんとよく寝るな」

「それが生きがいだからね」


 その言葉に苦笑いをした彼女が「私たちは睡眠以下か」と冗談を言ってくるので、莉斗は「同じくらいかな」と答えておく。


「もちろん、夕奈以外の話けど」

「夕奈ちゃんだけもっと大事って?」

「家に入り込んだシロアリといい勝負だよ」

「わたしゃ害虫か!」

「殺虫剤撒けば静かになるかな」

「普通に害あるからやめて?!」


 夕奈のためにお縄にかかりたくは無いので、殺虫剤案はひとまず胸の内に引っ込めた。

 いくらうるさいからと言って、そういう意味で静かにさせるのはやりすぎだと思うからね。今のところ島流しが最適だよ。


「おだっち、こっち手伝ってくれる〜?」

「わかった、すぐ行くよ」


 そう答えた唯斗は手を綺麗に洗ってから、ヘルプを求めてきた風花ふうかに歩み寄る。

 彼女は今生地を混ぜているところらしく、大きめのボウルと手持ちミキサーを抱えていた。

 縁に乗っかる胸に目が向きそうになるが、そこはグッと固い意思でチラ見に留めておく。


「手が疲れたから代わってくれない〜?」

「いいよ、休んでて」

「ありがと〜♪」


 どうやらこれはパンケーキ用の生地らしい。IHコンロでは台に乗ったこまるが2つのフライパンを使って同時に焼いていた。

 完成している分を見るに、なかなかいい焼き加減が分かっているらしい。意外とこういうことに興味があるのかな。


「おお、マルちゃん上手いね! さすが、今日のために練習してきただけある!」

「……うるさい」

「照れちゃってー♪」

「だまれ、フライパン当てるぞ」

「……す、すみませんでした」


 ドスの効いた声でそう言いながらフライパンを持ち上げる彼女に、夕奈は心做しか小さくなってスススと後ずさる。

 そんな彼女を横目で見つつ、唯斗はミキサーを回転させ始めた。初めはゆっくり、様子を見ながら飛び散らないように少しずつ速くしていく。

 最終的にはそこそこのスピードで回転させながら、全体をできる限り均等に混ぜ切る事が出来た。


「こまる、新しい生地出来たよ」

「こっちも、今焼き終えた」

「いいタイミングだったね」

「さすが」


 そんな仲良さそうな光景に嫉妬したのか、夕奈が「唯斗君を手伝う!」と割り込んできたものの、特に任せることもないからとあっさり拒否。

 瑞希に助けを求める視線を送ったりもしたが、何か勘違いされたのかお菓子に使うかぼちゃを切るのを手伝わされてしまった。


「瑞希、それより私……」

「お菓子が美味いと小田原も見直すかもな」

「夕奈ちゃん頑張る!」

「……単純なヤツだな、ほんとに」


 彼女は呆れと微笑ましさが半分ずつのような笑みを浮かべた後、切り終えたかぼちゃを花音かのんの差し出したボウルに移す。

 花音はそれを持って机に戻ると、棒でかぼちゃを潰し始めた。生地やクリームに混ぜ込むためには、ペースト状にしなくてはならないのだ。


「な、なかなか大変です……」

「キツイなら交代するか?」

「いえ、やりがいがあります!」


 普段大人しい女の子が、食べ物に向かって木の棒を振り下ろす。こんな光景はなかなか見ることが出来ないだろう。

 唯斗は密かにその不似合いな様子を目に焼き付けておきつつ、生地を作るための材料を順にボウルの中へと投入していった。


「やっぱり、お菓子作りはやると楽しいね」

「さすが唯斗君。このままウエディングケーキも作っちゃう?」

「夕奈、ついに結婚するんだ。相手はたかし君?」

「クローゼットの中で震えとらんわ!」


 いつも通り夕奈はうるさいが、そもそもこの空間が騒がしいので今日はあまり気にならない。

 甘い匂いが心まで甘くしてくれているのかもしれないね……なんてことを思いつつ、彼がふと隣を見ると、こまるのどこか不機嫌そうな真顔が見えた。


「マルちゃん、上手〜♪」

「……重い」


 原因は頭の上に乗せられている風花の胸。身長を補うために台に乗っていると言うのに、彼女まで乗ってきてしまえば意味が無いではないか。


「鬱陶しい」

「そんな事言わないでよ〜」

「胸、引きちぎるぞ?」

「やだ〜唯斗君助けて〜♪」


 そう言いながらもニコニコしている風花が抱きついてきた瞬間、2人分の目に睨まれたことは言うまでもない。

 甘い匂いの漂うこの空間が、唯斗には少しの間だけピリ辛になったように感じられた。


「……砂糖、多めにしようかな」

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