第154話 兄と妹

 ハハーンの命令通り、唯斗ゆいと天音あまねを連れてショッピングモールへとやってきた。

 ここの最上階に映画館がある。エレベーターに向かおうとした彼は、ふと瑞希みずきの言葉を思い出してやっぱりエスカレーターにする。


「歩き疲れたらお兄ちゃんがおんぶしてあげるね」

「もう、天音はそんな子供じゃないよ!」

「はは、そっかそっか」


 いつまでも頭の中にいる赤ちゃんの時の妹と重ねてしまうことを反省しつつ、エスカレーターを降りて映画館のエリアへと踏み込んだ。


「ポップコーンいる?」

「お兄ちゃんは?」

「僕はあんまりいらないかな」

「じゃあ、一番小さいのにする」

「わかった」


 既にチケットは持っているので、中に入れる時間までポップコーン片手に座って待つ。

 その間に待ちくたびれた天音が全部食べてしまったので、ジュースを買うついでにもう一度小さいのを買っておいた。


「チケットをお願いします」

「はい、前売り券です」

「こちらが前売り券に付くフィギュアです」


 入場口で2つの袋を受け取り、チケットの控えに書かれたシアタールームへと向かう。

 フィギュアというのがこれから見る映画に出てくる魔法少女のもので、「縞パンだぁ」なんてスカートの中を覗く天音のことは優しく止めてあげた。


「ここかな」

「っ……」

「天音、どうしたの?」

「……ううん、なんでもないよ」


 中に入る直前、突然足を止めた妹を不思議に思いつつも、迫る上映時間に背中を押されるように歩を進める。

 座席は中段辺りの真ん中、結構いい席だ。ここなら天音も楽しめるだろう。寝るのは難しいかもしれないけど。


「……」

「さっきから静かだけど、本当に大丈夫?」

「そ、そんなことないよ。映画が楽しみなだけ」

「それならいいんだけど……」


 天音は強がっているが、何かを隠しているのは明らか。そしてその理由をはっきりと理解出来たのは、上映時間を迎えた瞬間だった。


「っ……」


 照明が落ちて場内が真っ暗になる。大音量で流れ始める予告映像、そして『映画泥棒』の注意喚起映像。

 彼女は昔からこの時間が苦手だったのだ。お兄ちゃんだというのに、久しぶりすぎて思い出すのが遅れてしまった。


「天音」

「……お兄ちゃん」


 唯斗は縮こまってしまっている妹の手を取ると、両手で包み込むようにしながら撫でてあげる。

 それだけで強ばっていた天音の肩から力が抜け、表情も幾分か優しくなった。


「怖いなら甘えてもいいんだよ」

「あ、天音はそんな子供じゃないってば……」

「子供じゃなくても、ずっとお兄ちゃんでしょ?」


 その言葉に照れたのか、ふいっと顔を逸らしてしまう彼女。けれど、手だけはしっかりと握ったまま。


「お兄ちゃんって頼りないよ」

「よく言われる」

「……でも、今は一番頼りにしてる」

「それは初めて言われたかな」


 天音は今はまだ小学生。けれど、いずれは反抗期が来て「お兄ちゃん嫌い」なんて言うようになって、離れていってしまうかもしれない。

 そう思えば、こうやって手を握らせてくれる時間が、兄として慕ってくれるこの時間が、砂漠の砂のように呆気なく風に攫われてしまうもののような気がして―――――――――――。


「映画、面白かったね!」

「思ってたよりいい話だったよ」

「……お兄ちゃん、ありがと」

「……どういたしまして」


 映画館から出るまで、手を離す気になれなかった。この日、唯斗が人生で初めて映画で眠くならなかったということを、ここに記しておこうと思う。


「天音はあと何年一緒に洗濯させてくれるかな」

「いきなりどうしたの?」

「ちゃんと大事にしなきゃなぁって」

「えへへ、天音はもう満足であります♪」


 そう言って笑う妹と手を繋ぎ直した彼は、時折微笑み合いながら次の目的地へと足を運ぶのであった。

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