第80話 怪我の功名とはまさにこのこと

「と、とりあえず、夏祭りの計画会議をはじめよっか……」


 クローゼットから出てきてから、何やらモジモジしている夕奈ゆうなの言葉に、その場にいた女性陣は了承の意を示す。

 しかし、ようやく自由の身となった唯斗ゆいとだけが、不満そうにため息をこぼした。


「それが僕を呼び出した本当の理由なの?」

「そう! 夕奈ちゃんが巧妙に仕組んだ罠に君はハマったということさ!」

「裁判官、この人まだ反省してないみたいだけど」

「少しお仕置が足りてないみたいだな」

「ちょ、スカートまでは渡さないかんね?!」


 スカートに手を伸ばしてくる瑞希みずきに、必死に抵抗する夕奈。『スカート』って、まさかその中身はクローゼットの中で……?

 唯斗はそんな想像をしたが、たとえそうだろうと自分には関係ないので、とりあえず思考を断ち切って立ち上がる。


「僕、帰る」

「ちょ待てよ」

「キ○タクかと思ったら、なんだただの夕奈か」

「キム○クより夕奈ちゃんの方がええやろがい!」


 バンッと机を叩きながら抗議する彼女に、周りのみんなが一斉に「いや、ないない」と首を横に振った。

 当たり前だ、夕奈は所詮学校内でちょっと人気がある程度なのだから。ガチモンのアイドル俳優に勝てるはずがない。


「僕、そもそもお祭りに興味無いから」

「そんなこと言わずに一緒に行きやしょうよー」

「夕奈が来ないならいいよ」

「それじゃあ意味ないじゃん!」

「なら行かない」


 腕にしがみついてくる夕奈を振り払い、そそくさとドアから廊下へ出る唯斗。

 しかし、パリピの本領を発揮した夕奈は、まるでホラー映画のオバケのように床を這いながら、彼を追いかけてきた。しかし……。


「……おわっ?!」


 階段を手で降りようとして滑った彼女が、残り数段のところで転がり落ちててしまう。その下敷きになった唯斗は、押し倒される形で仰向けに転んだ。


「いてて……唯斗君、大丈夫?」

「早く降りてよ、重い」

「重い言うなし」


 人に乗っかっておきながら、ぺしぺしと叩いてくる彼女。どこまで行っても非常識が過ぎるよ。お詫びの一言でも口にするのが普通だと思うけど。

 唯斗がそう心の中で愚痴っていると、目の前にあった夕奈の口元がほんの一瞬だけ歪んだ。

 その直後、彼女は彼の体から落ちて床に倒れ込み、右足を抱えてうずくまってしまう。唯斗はその光景に見覚えがあった。


「夕奈、まだ足痛むの?」

「っ……へーきへーき、舐めてりゃ治るよ」

「届かないでしょ、足の裏なんだから」


 唯斗はそう言いながら傷の部分を見てみると、足に巻かれた包帯に少し血が滲んでいた。

 治りかけていたはずの傷が、先程の事故のせいでまた開いてしまったのかもしれない。


「大丈夫か?!」

「すごい音だったけど〜?」

「落ちた?」

「ど、どうすれば……どうすれば……」


 慌てる花音かのんを落ち着けながら、他のみんなも駆けつけてくれた。

 瑞希は夕奈の足を確認すると、「包帯を持ってきてくれるか?」と風花に頼む。


「一週間は無理するなって言われてただろ?」

「……ごめん」

「自分の体のためだ、謝ることじゃない」


 瑞希は風花が持ってきてくれた救急箱を受け取ると、傷を消毒してから大きめの絆創膏を貼り、新しい包帯を丁寧に巻き直した。


「これで大丈夫だ、歩けるか?」

「ちょっと痛いかもしれない……」

「わかった、私が――――――――ん?」


 瑞希の「私が背負ってやる」という言葉を遮って、唯斗は夕奈の目の前にしゃがむ。

 両手をやや後ろに差し出しながら背中を向けるその格好は、言葉にはしないものの意図をはっきりと物語っていた。


「……ありがと」

「気にしないで」


 彼女が少し照れ気味に背中に乗ると、唯斗はゆっくりと立ち上がって階段を上り始める。


「夕奈、お祭りはいつあるの?」

「今週の日曜日だったかな」

「僕も行くよ」

「え、いいの……?」


 驚いたようにそう聞いてくる夕奈に、「行かなくていいなら行かないけど?」と言うと、彼女は「めちゃめちゃ来て欲しいよ!」と嬉しそうに言った。


「でも、なんで急に?」

「だって怪我した夕奈がいると、瑞希たちが大変でしょ? たまには解放してあげようと思って」

「何さ、人を面倒事みたいに言いおって!」

「どうせお祭りではしゃいでまた怪我するよ。そうならないためのお守役だよ」


 夕奈は少し納得がいっていないらしかったが、「まあ、来てくれるならいいか」と唯斗がお守り役になることを受け入れてくれる。


「もちろん、タダでは行かないよ」

「なっ、報酬は体で払えとでも?!」

「りんご飴とチョコバナナ奢って」

「……それだけ?」

「もっとたくさんがいいの?」

「それだけでお願いします!」


 部屋に入った僕は夕奈をベッドに下ろし、ようやく軽くなった肩を軽く回す。

 彼女は瑞希たちが救急箱を片付けに行ってまだ上がってきていないのを確認すると、にっこりと優しい笑みを浮かべた。


「ねえ、唯斗君」

「なに?」

「さっきはごめんね、怪我してない?」

「どうしたの、頭でも打った?」

「夕奈ちゃんだって心配くらいするのだよ」


 夕奈は「ふふん♪」と得意げな顔をして見せたあと、「あと、ありがとうね」と少し視線を逸らしながら言う。照れているのだろうか。


「素直な夕奈は嫌いじゃないよ」

「ふふ、じゃあずっと素直でいちゃおうかな?」

「それは気持ち悪いからやめて」

「どういう意味じゃおら」


 彼女は不満そうに怪我してない方の足で軽く膝を蹴ってくる。それでも満足しなかったのか足を上にあげて、今度はお腹をグイグイと押してきた。


「さすが唯斗君、腹筋は無いねー」

「鍛えてないからね。それより夕奈、いいの?」

「何が?」

「いや、気付いてないならいいや」


 唯斗はそう呟くと、視線を窓の外へと移動させる。きっと気付かされない方が幸せなのだろう。

 楽しそうにお腹をフニフニしてくる夕奈に、『スカートの中、気にしなくていいの?』なんて言う勇気はないからさ。


「まさか本当に取られてたとは……」


 唯斗は瑞希たちが部屋に戻ってくるまでの間、延々と心の中で『僕は何も見てない何も見てない』と唱え続けたそうな。

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