第60話 歩く騒音機は睡眠前も稼働する

唯斗ゆいと君、おやすみ」

「……」

「お・や・す・み!」

「……おやすみ」


 渋々返ってきた声に夕奈ゆうなは満足そうな顔で頷くと、電気を消してベッドへ横になる。

 天音あまねは3つ連なったうちの、真ん中のベッドの上ですやすやと眠っていた。

 よほど遊び疲れたのかヨダレを垂らしているので、唯斗がティッシュでそっと拭いてあげる。その様子を見ていた夕奈は、微笑ましそうに笑った。


「唯斗君って、天音ちゃんのこと好きだよね」

「妹だからね」

「すごくいいお兄ちゃんって感じ」

「そんなことないよ、遊んであげられないし」

「それは私が代わりにやったげるよ」

「教育に悪影響」

「善意なのに酷くない?!」


 急に大きな声を出したせいか、天音が「うう……」と唸る。夕奈は慌てて口を塞ぎ、しばらく様子を見てからホッとため息をこぼした。


「私のお姉ちゃんも、私の遊びに付き合ってくれなかったよ」

「へぇー、夕奈ってやっぱり妹だったんだ」

「やっぱりってどういう意味さ!」

「何も考えて……いや、無邪気だなって」

「今言い換えたよね? 全国の妹に謝れ」

「天音だけは例外だよ」

「私もそこに入れて?!」


 唯斗が何も言わずに天音の頭を撫で始めると、夕奈は話を元に戻すために小さく咳払いをする。


「私のお姉ちゃんは唯斗君とは違って、遊べるけど遊んでくれないタイプだったんだよね」

「仲悪かったの?」

「ううん、むしろ良かった。でも、お姉ちゃんは自分のやりたいことを最優先する人だから、いつも『忙しい』って断られてたよ」


 彼女はそう言いながら天音のそばに移動して、その小さな体を優しく抱きしめた。


「天音ちゃんの遊んで欲しい気持ちは、同じ妹としてすごくわかるの。だから、私がお姉ちゃんになってあげる」


 唯斗は「……ってダメ、かな?」と聞いてくる夕奈に、どう言葉を返せばいいのか迷ってしまう。

 正直、夕奈の存在が近くなるのは避けたかった。しかし、自分に天音の楽しい時間を奪う権利は無い。

 そんな考えに至ると、返せる答えはひとつしか残らなかった。


「いいよ、天音のためだから」

「ほんと? やった!」


 喜びのあまり抱きしめる力が強くなる夕奈。天音が少し暑苦しそうにもがいたのを見て、唯斗は「でも……」と妹の体に手を伸ばす。


「僕の妹だから。あんまりベタベタしないで」


 彼がそう言いながら天音の体を引き寄せると、夕奈も負けじと抱きつく腕に力を込めた。


「女の子同士なんだからいいでしょー!」

「夕奈だけはダメ。悪い方向に育つから」

「私のどこが悪いって?」

「口と性格」

「そんなのお母さんにも言われたこと……まあ、ないといえば嘘になるけど」


 唯斗が「ただでさえ似てきて困ってるんだから」と文句を言うと、夕奈は「さすが我が妹よ!」と天音に頬ずりする。兄を差し置いて羨ま……いや、許せない。


「天音が起きちゃうから離して」

「唯斗君こそ、妹にベタつきすぎなんだけど!」


 2人の視線がバチッと火花を散らした瞬間、お互いに天音を奪い合う――――――――なんてことは起こらなかった。

 なぜなら、天音自身がむくりと起き上がったから。


「2人とも、うるさいよ!」

「「ご、ごめんなさい……」」


 不満そうに頬を膨らませた彼女は、謝る2人を交互に見たあと、両手でそれぞれの頭をよしよしと撫でる。


「2人の気持ちはよくわかったよ。でも、私はお兄ちゃんも師匠も大好きだから、取り合いはしないで欲しいな」


 なんて優しい妹なのだろう。唯斗は天音の言葉に胸を打たれたような気分だった。

 確かにこんなことみっともないし、天音自身だっていい気分ではないだろう。小声で「私のために争わないで」なんて言ってたけど、きっとそのはずだ。

 唯斗は兄として決心すると、夕奈に「ごめん」と素直に謝ることにする。


「夕奈、天音は2人で共有しよう」

「異議なしっ!」


 そういうわけで、天音から見て右側からは夕奈が、左側からは唯斗が抱きしめながら眠ることになったのだった。


「何だか子供と一緒に寝る夫婦みたいじゃない?」


 ふと夕奈呟いた言葉の意味に、唯斗は「いやいや」と首を横に振って見せる。


「『天音のお姉ちゃんになってもいい』って、別にそういう意味じゃないからね?」


 それを聞いた彼女は眉を八の字にしてしばらく悩み、十数秒後にガバッと起き上がると、顔を真っ赤にして言った。


「お、じゃないかんな?!」

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