第29話 温もりはウザかわよりも尊し

 週明けの月曜日、唯斗ゆいとは相も変わらず机くんと温もりの対話をしていた。

 しかし、頬からじんわりと感じるその声をかき消すように、隣の席から鼻歌が聞こえてくる。


「ふんふん♪」

「……」

「ふーんふーん♪」

「……」

「ふん!ふん!」


 初めは機嫌がいいのだろうと思っていた唯斗も、夕奈ゆうなが机を持ち上げたり下ろしたりし始めた時点で、こいつやばいなと察した。

 どうぶ〇の森に出てくる羊みたいな声も出してるし、モノマネでもしていたのだろうか。筋トレ的なことをしてるあたり、その線が濃厚かもしれない。

 しかし、こういう時こそ無視に限る。自分の世界に閉じこもってさえいれば、何も奪えないし何も壊せないはずだ。


「あのさ、唯斗君?」

「……」

「もしもーし?」

「ただいま電話に出ることができません。ピーっという着信音のあとにご要件を申し上げずに席へお戻りください」

「そのもしもしじゃないやい!っていうか要件くらい聞いてくれない?!」


 返し方がまずかったか。相手の言葉に少し合わせてしまったところが間違いだったのだろう。唯斗は冷静に自分の行動を分析し、次の対策のための糧とする。

 人間は日々成長できる生き物なのだ。おまけにいえば、唯斗は沢山寝ているからたくさん成長できる。寝る子は育つ、これ世のことわり


「ピー。はい、もう喋らないで」

「全く、連れないなぁ。遊びに行ったの、楽しかったって言ったくせにー♪」

「……記憶にございません」

「私はしっかり覚えてるもんねー!」


 いーっと威嚇するように白い歯を見せ、ケタケタと笑う夕奈。

 そう言えば、昨日メッセージでも同じようなことを何度も言われたから、唯斗は彼女をミュートしたのだった。

 現実でミュートできないのが果てしなくもどかしい。とある人物じゃなきゃ見逃しちゃうねの手刀が使えたら話は別だったんだけど。


「ふわぁ、眠い……」

「夕奈ちゃんに会える月曜日が楽しみすぎて、昨晩は眠れなかったのかな?」

「ううん、机くんに会える方が楽しみだった」

「……無機物に……負けた?」


 「くそぉぉぉ!」と奇声を上げながら、自分の机くんに拳をぶつける夕奈。叩きつけたあとで、小指を痛そうに擦ってたけど。


「夕奈に会うのは憂鬱だったよ」

「ドキドキしちゃうから?」

「ため息つきすぎて酸欠になるから」

「私は唯斗君にとってのなんなのよっ!」

「睡眠をダメにする枕」

「誰が騒音ぺちゃんこ女じゃおら」

「そこまで言ってないけど、間違ってないからいいや」


 唯斗がそう言うと、夕奈は「唯斗君のバカ!もう知らない!」と言って教室から飛び出して言ってしまった。今のはハ〇ジの真似だろうか。


「おいおい、小田原おだわら。ちょっと冷たすぎやしないか?」

「そうかな?瑞希みずきに言われた通り、歩み寄る努力はしたよ」

「例えば?」


 そう聞いてくる瑞希に、唯斗は「自分と机くんの差を明確に教えてあげた」と伝える。それを聞いて彼女は思わず頭を抱えた。


「こりゃ、道のりは長くなりそうだ」

「何の道のり?」

「小田原が知ることじゃない。とにかく、たまには夕奈を褒めてみたらどうだ?」

「褒める……ところなんてあったっけ?」


 唯斗は何とか絞り出そうとするも、やはり首を傾げてしまう。聞かれた側の瑞希も「顔が可愛い、とか?」などと容姿の事ばかり。


「で、でも、優しいは優しいだろ?」

「今日の夕奈は意地悪な方だから無理。性格悪そうな笑い方してたし」

「それはいつも通りだから勘弁してやってくれ」


 その後も唯斗は面倒臭いからと断り続けたが、瑞希に「駅前のクレープ奢ってやるから」と言われると、「やる気出てきた」と主張を一転。

 やはり、美味しそうなものには勝てないのが人間のさが。ここばかりは従順になっても致し方ないと思う。


「じゃあ、頼むぞ」

「トッピングは自由でいいんだよね?」

「夕奈のためだ、いくらでも乗せていい」

「よしっ。安心して、クレープ分は働くから」

「おう、期待してるぞ」


 こうして唯斗の夕奈褒め作戦が決行されることになったのである。

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