第27話 諦めの悪さは仲間を失う原因になる

「次はこれで勝負しよ!」


 そう言って機械の前で立ち止まった夕奈ゆうなの後ろを、3人が慣れた面持ちでスルーしていく。


「まだ懲りてなかったのか」

「負けず嫌いだね〜」

「パスで」


 そんな彼女らに「まっでよぉぉぉぉ!」と泣きながらしがみつく夕奈は、少し離れたところから見ていた唯斗ゆいとの目にはやばい人に映った。

 周りの人から決して同類だとは思われたくないし、出来れば知り合いだとも知られたくないレベル。

 そのままくるりと身を翻して、他人のフリをして帰ろうと思った矢先、いつの間にか背後に忍び寄っていた夕奈に捕らえられた。


「バスケのシュートゲーム、こっちは得意だから!」

「マ○カーも得意だと思い込んでたんでしょ?」

「ち、ちげーし!あんなの子供の遊びだし!」

「その割にカードまで買っちゃって……」

「わーわー!何も聞こえないなー!よし、バスケやろうぜ!」

「……パスで」


 こまるの言い方を真似して、唯斗は前の3人へと合流する。花音かのんも可哀想な人を見るような目を向けていたが、瑞希みずきに呼ばれると「は、はい!」と返事をしてトコトコとパーティーに加わった。

 しかし、夕奈は仲間を失ってもなおその諦めの悪さを発揮し、ゲーム台の前で駄々をね始める。


「やーだー!やーるーの!」


 大きな声を出しながら、ボタンをバンバンと叩く夕奈。唯斗を含めた4人は呆れたような顔をしていたが、花音が怖がっているのを察した瑞希は小さくため息をつく。


「わかったよ。みんな、少しだけ相手してやろう」

「仕方ないね〜」

「りょ」


 このままではどちらにしても埒が明かない。瑞希としては、夕奈に勝つことで黙らせようという作戦のようだ。


「よし!じゃあ、まずはマルちゃんから!」

「……あ?バカにしてんのか?」

「ご、ごめんなさい……」


 こまるのドスの効いた声に、夕奈がヘコヘコと頭を下げる。唯斗がどういうことなのかと首を傾げていると、風花ふうかが「マルちゃんは身長で差が出るゲームが嫌いなんだよ〜」と教えてくれた。


「えっと……あっ!代わりに唯斗君で!」

「……今、僕になら勝てそうって思ったよね」

「そ、そんなことないよー?」


 目が泳いでいる、確実に図星だったんだね。

 唯斗は面倒くさそうに肩を落とすと、「仕方ないなぁ」と隣の台の前に立つ。こういうのをやったことは無いけど、感覚で行けるものなのだろうか。


小田原おだわら、焦らず弧を描くシュートを意識するんだ」

「ちょ、瑞希?さっきもだけど、ちょっと肩入れしすぎじゃないかなー?」

「別にアドバイスくらいはいいだろ」


 瑞希の言葉に言い返せなくなったのか、不満そうな目でじっと見つめていた夕奈は、思いついたように言った。


「じゃあ、私にもアドバイスちょーだい!」

「あれ?そこに誰かの携帯落ちてないか?」

「え、どこどこ……って、それは『あ、デバイス』だよね?! オヤジギャグかましてんじゃないよ!」

「お前に言うことはもう何もねぇよ」

「そんな、師匠みたいに言われても!言っとくけど、私もこのゲーム初めてなんだからね?」


 じゃあ、得意って言ってたのはなんだったのか。そんな疑問が一瞬過ぎったが、唯斗はそれを無視して100円を投入する。

 それを見た夕奈は、「早いよ!」と文句を言いつつも、同じように百円玉を入れて対戦を選択。これで勝負の準備は完了した。


「ふふふ、夕奈ちゃんの強さを思い知るがいいさ!」

「楽しみだなー」

「……棒読みだね」


 夕奈の運動神経がいいことは、天音あまねの特訓の時点で分かっていた。そんな相手に、運動とは無縁の唯斗が勝てるはずがない。

 だから、完全に諦めていたのだが……。


「乗せて」


 序盤に大差をつけられた唯斗を見かねたのか、こまるが彼にそう要求した。言われるがままその小さな体を肩車すると、彼女は次にボールを渡して欲しいと瑞希&風花へお願いする。


「わ、私は何を……」

「花音は応援して」

「はい!フレー!フレー!」


 声援のもと、唯斗が土台になり、瑞希と風花がボールを渡し、こまるが高い位置からシュートするという連携プレーが始まった。


「え、ズルくない……?」

「ハンデだ、ちょうどいいだろ」

「ぐぬぬ……」


 瑞希の言葉通り、これくらいのハンデをつけても、最終的に夕奈とは1点差での勝利。こちらこそ大人気ないことをした感はあるものの、5人の勝ちに変わりはない。


「じゃあ敗者には言うことを聞いてもらおうか」

「お決まりだよね〜♪」

「それな」


 意地悪な笑みを浮かべる3人に見下ろされながら、心做しか小さくなったように見える夕奈が頬を引きつらせる。


「き、聞いてないよ!」

「今考えたルールだからな」

「法の不遡及ふそきゅうだよ!新しく作った法で罰しちゃダメなんだし!」

「ちょっと意味違うくないか?それに罰するわけじゃないだろ」

「ダメなものはダメなんですぅ!夕奈ちゃんは卑劣な法改正に断固反対する!」

「落ち着け。僅差に免じて命令は小田原からのひとつだけだ」


 最後の一言で夕奈の表情が変わる。ずっと嫌がっていた割には、「へ、へぇ?ひとつだけなら……」などと言って、少し興味があるような顔を見せた。

 その様を見た唯斗が、この人もしかしてMなのかなと思ったことは言うまでもない。


「僕でいいの?」

「おう、100円出したのはお前だしな」

「わかった、ありがたく使わせてもらうよ」


 彼は他の4人から託された権利を手の中にぎゅっと握りしめると、夕奈の方を向いて命令を下した。


「じゃあ、3回まわってワンって鳴いて」

「りょ!はっはっはっ……わん!ってできるかい!」

「やってたけどね」

「やってませんー!今すぐ記憶から消せ」

「やってないなら、別の命令にするけど?」

「……それは困る。でも、でも……それでも私はやってない!」

「言いたかっただけだよね」

「ちっ、バレたか」


 やっていないと言い張る夕奈に命令として、唯斗は全員分の買い物の荷物運びを命じた。どこまで頑固なのか、それでもやったと言わないのだから逆に感心してしまう。

 女子の買い物は量が多いと聞いたことがあったけど、実際に見てみると本当にすごい量だね。


「僕が夕奈だったら、大人しく3回まわってたよ」

「うう、回ったのに……」

「ワンは?」

「くぅ〜ん……」

「僕が求めてるのはワンなんだけど」

「少しは心動かされろよおら」


 その後、きちんと「わん!」を披露してくれた頑張りに免じて、唯斗は3分の1だけ持ってあげることにした。


「僕って優しいね」

「自分で言うなし。……まあ、ありがと」

「3分の1だから、次は一回りでいいよ」

「え、そういう感じ?」

「他の命令が良かった?」

「いえ、犬がいいです!」


 そう言いながら、自らくるくると回り始める夕奈を見て、唯斗は満足気にウンウンと頷く。普段もこれくらい従順だったら、毎日静かに過ごせるのにね。

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