第17話 奇跡と呪い

 今日、今年三度目の席替えが行われた。

 ついにこの机くんともお別れか……と思ったものの、くじで引き当てたのはまたも窓際最後列。

 神に感謝の言葉を叫びたくなる気持ちを堪えるのもつかの間、唯斗ゆいとはちらりと隣の席に腰掛けた人物を見て、神は死んだことを確信した。


「奇跡……だね♪」

「呪いの間違いだよ」


 夏休みが来るまで、唯斗はずっとこの歩く騒音機から逃れられないらしい。彼女の友人3人が、こちらを振り返ってニヤニヤと笑っているのが見えた。


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夕奈ゆうなちゃん、嬉しそうだね〜♪」

「そ、そんなことないし!」

「嘘つかなくてもいいぞー?小田原おだわらの隣で喜んでるくせに」


 帰路の途中、クールな見た目の瑞希みずき れいと服装も口調もユルユルな雪月ゆきつき 風花ふうかが、夕奈の頬を両サイドからツンツンとしていた。


「もー!マルちゃん助けて!」

「断る」

「あっさり?!」


 淡々とした口調で『ウケる』『わかる』『それな』のを使いこなすThe JKの今子いまこ こまるは、スマホをいじりながらふいっと顔を背ける。

 見捨てられた夕奈はガックシと肩を落とし、再度ツンツン攻撃を受けることになった。


「夕奈、好きなんだろ?小田原のこと」

「べ、別に!」

「あっそ。なら、私が手出しちまうぞ?」

「ダメダメダメ!そんなことしたら……瑞希の大事にしてるブーツ捨てるから!」

「あ、縁切るとかじゃないんだな」

「一線越えたら縁切る!」

「一線ってどこだ?」

「そりゃ、ねぇ……?」


 ごにょごにょと照れ始める夕奈に、瑞希が「エッチか?」と聞くと、彼女は小さく頷いて両手で顔を隠した。


「……そうやってりゃ可愛いのにな」

「ほんとその通りよね〜♪」

「わかる」

「誰の顔が隠した方がマシって言うんや!」

「そういう意味じゃねぇよ」


 瑞希にコツンと脳天を叩かれ、まるで相手を格上と認めた野犬のように大人しくなる夕奈。

 この3人、突発的でない暴走なら止められるほどの、彼女にとって良き理解者なのだ。


「お前には落ち着きが必要だな。話してみた感じ、小田原も落ち着いた女が好きらしいし」

「……確かにそんなこと言ってた」

「夕奈ちゃんも大人なレディーになってみれば〜?」


 そう言われて度なしの黒縁メガネを手渡された夕奈は、3人の顔を順番に見てから、おそるおそるメガネを装着した。


「こりゃ行けるな」

「落ち着いてるように見えるわ〜♪」

「それな」


 みんなの反応で自信がついたのか、夕奈はグッと拳を握りしめて歩いてきた道を引き返し始める。


「どこ行くんだ?」

「唯斗君、寝てたからまだ学校に残ってるはず。すぐに見せてくゆ!」

「頑張って〜♪」

「いってら」


 勇ましささえ感じる堂々とした歩みの彼女の背中を、見えなくなるまで眺めた3人は、「それじゃ行きますか」という瑞希の一言で学校へ向けて歩き出す。


「どうせ泣いて帰ってくるだろうしな」

「テンプレよね〜」

「わかる」


 彼女らは爆死する未来しかないであろう友人のために、同じく学校へと向かうのだった。


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 一方その頃、学校にて。


「……あれ、また寝ちゃってた……」

「お、おおお起きましたか!」


 やたら声が震えている女子が、ゴシゴシと寝惚け眼を擦る唯斗の前に立っていた。


「どちら様……?」

「わ、わわわわわ私は……その……えっと……」

「あ、そう言えば見たことある。夕奈の友達でしょ」

「そ、そうですそうです!おおおおお世話になってます!」

「お世話した覚えはないけどね」


 人と話す時のキョドり癖がコンプレックスのコミュ障な彼女の名前は、七瀬ななせ 花音かのん

 何らかの目的を持って、唯斗が目覚めるのを待っていた人物である。

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