第13話 女子は集まると騒がしくなる

「あはは!それでね、それでね!」

「ちょっと、夕奈ゆうな声大きいよ」

「……ひゃい」


 とある日の昼食時、隣で集まって食べている女子グループの声をバックグラウンドに、校庭の上空を飛び回る二羽の鳥を眺めながら、唯斗ゆいとはサンドイッチを頬張っていた。

 今日は母さんの代わりに妹が作ってくれたんだ。頭がちょっぴり残念で不器用だけど、野菜とかを一生懸命切ってくれたんだろうなぁ。

 そんなことを思いながら、いつもより少し幸福な時間を過ごしていた。……しかし。


「ねえ、唯斗君もそう思うよね?」


 突然、夕奈がそう聞いてきた。なんの話をしていたのかも知らないのに、いきなりそんなことを言われてもさっぱりである。


「……何が?」

「夕奈ちゃんがしつこいかどうかの多数決!唯斗君はしつこくないと思ってるよね?」


 唯斗からすれば、答えるまでもない二択だ。それに夕奈自身にも、常日頃鬱陶しいと思っていることが伝わっているものだと思っていたのに……。


「ちなみに、4人投票して3人が鬱陶しいに入れてるんだけど」


 夕奈の向かい側に座っている、周りより大人びたクールな女の子がそう教えてくれる。どこかの誰かさんとは正反対だよ。


「じゃあ、もうくつがえりようがないね」

「確かにな」

「諦めなよ〜♪」

「それな」


 唯斗も含めて4人から哀れみの目を向けられてもなお、夕奈は「いいや、クラス全員に聞けば結果は変わるはず!」とむしろ意気込み始めた。


「カノちゃんも思わないって言ってくれたし!」

「夕奈、カノのはどう見ても同情だろ」

「あ、いや、私は、その……」


 何かを言いかけた女の子は、キュッと口をつぐんでしまう。周りもそれは分かっていたようだけど、いつもの事らしく話は自然と元の路線へと戻った。


「よし!私は諦めないから!」

「おいおい、いい加減落ち着けって……」

「夕奈っちはいつも頭より体が先に動くよね」

「それな」


 イスから立ち上がって教室のあちこちへと走り出す夕奈を止められず、小さくため息をこぼす女子3人+俯いたままの1人。

 説得を諦めた彼女らの視線は、やがて興味の色を含んで唯斗へと向けられた。


「ていうか、よく考えたら小田原おだわらの声って初めて聞いたな」

「意外といい声って言うか、優しい声だよね〜♪」

「わかる」

「うぅ……」


 唯斗は基本的に学校で話すことはほとんどない。夕奈が珍しく話しかけてくるだけで、他の人は興味なんて持たないから。

 だから、これまで彼の声を知っていると言いきれたのは、夕奈の他には前の席の前沢まえさわさんくらいだった。

 しかし、さすがは夕奈の友達。4分の3はコミュ力おばけなようで、話し始めて1分後には彼の席へとイスを寄せていた。


「夕奈と仲良いらしいじゃん、好きなの?」

「そんなわけないよ、うるさいし」

「まあ、そりゃそうか。あのお喋りは百年の恋も冷めるレベルだもんな」


 この人、クールな見た目に反して、恋バナとやらには興味があるらしい。やっぱり女子はそういう類の話が好物だという伝説は本当なんだね。


「黙ってれば可愛いのにね〜♪」

「激しく同意」

「おっ?おだっちも分かってくれるのか〜♪」


 この服装も口調もユルユルな人は、見た目こそ唯斗にとって苦手な部類ではあるが、共感できるところがあるらしい。

 ただ、変なあだ名を即座に付けられるのは、ちょっと理解が追いつかないところではあった。


「ほんと、わかる」

「夕奈もこんなに友達がいるなら、みんなと勉強しとけばよかったのに」

「それな。朝から怒られてたし、ウケる」


 この淡々とした口調と変化のあまりない表情の人は、どうやら『わかる』『それな』『ウケる』の使い手らしい。

 風の噂では聞いていたけれど、本当にそんな人間が存在したんだね。


「うぅ……そんなこと言ったら、夕奈ちゃんが可哀想ですよぉ……」

「カノは相変わらず優しいな」

「夕奈っちみたいなのは、今のうちに厳しくしとかないとまともにならないんだよ〜♪」

「それな」


 もう1人の大人しそうな子は、どうやらあまり話すのが得意じゃないらしい。どことなく、唯斗と分かり合える部分がありそうだった。


「ちょっと!どうして唯斗君を取り囲んでるの!」

「おいおい、少し話してただけだろ」

「どうせいじめてたんでしょ?ぼっちだからって、馬鹿にしたらダメだよ!」

「それ、夕奈が一番バカにしてるよね?」

「し、してないし!」


 淡々とした女の子の言葉に動揺したのか、「とにかく、唯斗君をからかっていいのは私だけだから!」と訳の分からない宣言をした彼女は、周りからの「ヒューヒュー!」という煽りに顔を真っ赤にしていた。


「そういう意味じゃ……」

「夕奈、幸せになれよ」

「応援してるよ〜♪」

「がんば」

「うぅ……」


 4人からの声援を受け、よほど嬉しいのか肩をプルプルと震わせる夕奈。女の子が集まると騒がしくなると言うけれど、この噂も本当だったなぁ。


「夕奈、からかうとか言ってるけどやめてね。鬱陶しいから」

「うっ……」


 唯斗の言葉に、胸を押さえて俯く彼女。カノと呼ばれていた女の子が背中を撫でて慰めてあげているけど、「振られたな」「もっといい人が見つかるよ〜♪」「どんまい」という言葉に、机に額をぶつけて動かなくなってしまった。


「ようやく静かになったね」


 唯斗は小さくため息をついてから、また窓の外へと顔を向ける。鳥たちはもうどこかへ行ってしまっていた。

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