二人の異能対決

黒羽カラス

第1話 願う力

 午前七時三十二分とスマホの画面には表示されている。僕はろくに見ないで本体の電源を切った。学生服の胸ポケットにスマホを押し込むと道なりに左右を確認する。

 僕と同じブレザーの二人組の男子が喋りながら歩いてきた。会話の内容は頭に入って来ない。茶髪の男子が下品な笑い方をしているので、そういう内容なのだろうと思うことにした。

 目の前の道路を少なくない車が走る。独特の重低音が右から聞こえた。ちらりと目をやるとバスだった。大丈夫と思いながらも僕は手前にあるバス停から三歩、横に離れた。前の時は停留所に近づき過ぎてバスが停まってしまった。びっくりして走って逃げたことを思い出し、目の前を通過するバスに合わせて頭を下げた。

 左からコロコロと荷車を押すような音が近づいてくる。それとなく目で見ると白髪の老人がフタの付いたようなベビーカーを押していた。性別はよくわからなかった。背中がとても丸くて目と口を丁寧に指で押し込んだような見た目は、かなりの高齢者に思えた。とてもゆっくり歩くので何かしないといけない気分になって、どうにも落ち着かない。

 少し、力を使ってみる気になった。あまり強く願わないで、シャキッとして少し元気になるくらいを想像する。

 成功したみたいだった。老人の背筋が伸びて力強い歩きに変わった。スーパーで買い物かごを押す主婦の姿と重なる。スカートではないけれど、女性なのかもしれない。

 僕は胸ポケットのスマホを取り出した。画面に時間を表示させる。今度はしっかり見た。午前七時四十五分は期待してもいい時間だ。

 大きく息を吸い込んで、思わず咳き込んだ。笑い声が聞こえた。目を瞬間的に右へ動かす。ボブカットの女子が白い歯を見せて笑っている。

 その横に僕のクラスメイト、篠崎しのざきアヤメがいた。朝陽を浴びた長い黒髪が天使の輪を作る。シミの無い色白の肌はそれ自体が光って見えた。まつげの関係で目はとても黒い。神秘的でとても冷ややかで、今日も僕を横目で見ていうのだろう。


「おはよう」


 思った通りだった。だけど僕は何も返さない。スマホの画面を見て、まだかよ、と言った。わざとらしいと思いながらも舌打ちをする。彼女は友達に目を戻して聞き役になる。遠ざかる彼女の背中を僕は、ただただ見つめた。

 彼女に向ける感情は強い。とても純粋で理解したくない気持ちが高まって叫びたくなる。でも、わかってしまったのだから仕方がない。

 僕は彼女のことが好きだ。一年の時からで二年になっても変わらない。愛の告白をしたいとか、付き合いたいとか、そんな程度では収まらない。結婚をしても安心はできない。別れてしまうことだってある。それでは意味がない。自分の好きをちゃんと伝えたことにならない。完璧な相思相愛に別れなんてあるはずがないじゃないか。

 僕の願う力があれば何でも叶う。彼女と恋人になりたいと強く願えば、その通りになる。結婚もそう。離婚を望まなければ命が尽きるまでずっと一緒にいられる。


「違う」


 僕は声に出して僕の考えを否定した。そんな安易な方法ではなくて彼女が一生、僕を忘れられないようにしたい。そうなりたいと真剣に願う。

 どうすればいいのか。突き詰めた先に答えがあって、ついに決断した。僕は彼女の前で命を絶つと。とても無様で、誰の目から見ても悲惨で、これ以上はないという形で人生に幕を下ろす。一か月もかけて考えたことなんだ。許して欲しい。

 心の中で謝ると気分が楽になる。満ち足りた思いで僕は人生の終わりに向かって踏み出した。

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