ヤンキー人魚の恩返し

第八のコジカ

ヤンキー人魚の恩返し 前編

 仕事帰りに見た夕陽がとても綺麗でメチャ寒いのは分かってたけど自販機で缶ビールを買い近所の浜辺に黄昏たそがれに行ったらこのクソ冷たい12月の海を茶髪な女がビキニスタイルで泳いでて俺は度肝どぎもを抜かれた。


「キャッホーイ!」


 キャッホーイ! て。

 頭イカレてんのかこの女。

 あ。でもおっぱいデカイ。

 けしからんな!

 ありがとうございます。


「あふー! ギン゛モ゛ヂイ゛イ゛!」


 やっぱイカレてんな。

 おっぱいは良くても他がヤバすぎるわ。


 触らぬ乳にたたりなし、と昔の人は良いことを言いましたから、あっち行きましょそうしましょ、と俺は茶髪女の前をスルーして歩いていく。


 しばらく行って、ふと振り返ったらどういうわけか茶髪女は力尽きたように土左衛門どざえもんスタイルで海面をプカプカと漂っていたのだった。


 ええ――っ、これやばくね?

 心臓麻痺?

 こんな寒い海でハシャいでたら、そらそーなるわバカパリピ女め。


 思わず走り戻り、助け上げようか見捨てようか、でも助けるといってもどうしたものか、俺泳げないし泳ぎたくもないし、なにより海水冷てーから絶対二次災害になるし。


 あ、そうだそうだよ110番、いやさここは119? ちげーわLINEじゃ通報できねぃ。とにかく急げ! てな感じであたふたスマホをイジっていると。


「もうガマンできねぇええ――っ!」


 ザッッパァアアアンッ!

 茶髪女は絶叫しながら海面を3メートルほど上に飛び上がった。


 そして夕陽に照らされ水しぶきと共に見事な放物線を描いて宙を舞い……ドッシャアッーン! と、浜辺に上がった……と言うより、と言う方がしっくりきた。


 ビチビチビチビチビチビチッ!


 でもって、打ち揚がったのをよく見てみたら、人じゃなくてだった。


「あああ――っ、つれええ――っ!」


 ゴロゴロゴロゴロ――ッ。

 砂浜を縦横無尽じゅうおうむじんに転がり回る人魚。

 すげえっ!

 いま! 俺の! 目の前で!

 人魚が浜に打ち揚がってなんだかつらがってる!


「あああああっ!」


 おののいた。

 驚愕した。

 感動もした!

 今ちょっと混乱し過ぎて自分の感情に責任が持てないっ。

 なんつーか、度肝どぎもどころか尻子玉しりこだままで抜かれた気分だった。


 俺は思わず自分の尻に確かめるように手を当てた。


 ……良かった。尻子玉っぽいものは顔をのぞかせていなかった。


 そんな俺の顔をいつの間にかやや平静さを取り戻したらしい人魚がジト目でにらん……いや、ガンクレていた。


「……ちげえよ」

 はい?

「ちげーんだよ」

 え、なにが?

「それカッパだろ」

 カッパ?

「尻子玉抜くのはカッパだ、つってんの」

 あ、ああ、たしかに。

「テメェ、アタシがカッパに見えんのか?」

 い、いえカッパって言うか。

「皿のってるか?」

 のってないですね。

うろこあんだろ」

 ありますね。

 テカテカしてるし。

「じゃ、わかんだろ?」

 は、はい。

「アタシはな、人魚だろ。に・ん・ぎょ」

 ですよねぇ。

 人魚さんっすよねぇ。

「人魚センパイって呼べよ」

 セ、センパイっすか?

「テメェ童貞だろーが!」

 童貞ですけどもっ!

「焼きそばパン買ってこい!」

 カレーパンも一緒にっすよね!

「イチゴオレも忘れんな!」

 了解しました!

 行ってきます!

「行かなくていいよ」

 え、でも……。

「お前、面白い奴だな」

 そ、そうっすか

「うん。行かなくていいからさ。ってか冗談だから。その代わり、ちょっとアタシの頼みをきーてよ」


 そう言いながら砂浜にズリズリとウロコびっしりの下半身をり付けて人魚センパイは俺の隣にってきて座った。


 金に近い茶髪、八重歯、三白眼。

 そして巨乳。


 パーツパーツはそれぞれにエッジが効いているものの、不思議とそれらはバランス良く調和していて落ち着いて見ればなかなかに美人、いや美人魚びにんぎょさんだ。


 だが、いかんともしがたく雰囲気はヤンキー。


 コンビニ前でウンコ座りしてそうな。

 体育館裏でカツアゲしてそうな。

 盗んだバイクで学校の窓ガラス割って回って走り出してそうな。

 されも引かれもしないシングルモルトのようなピュアピュアなヤンキー感が半端ない。


「頼みって言うのはさ……」


 パシリでないなら、すわ、カツアゲか!


「それ、アタシも1本貰っていい?」


 え?


「ビール。ポケットにもう1本入ってるっしょ?」


 ああ。


 俺はポッケからビールを取り出して人魚センパイに渡した。


「あんがと」


 プシュッと良い音をさせながらプルトップを引き、人魚センパイはこれまたゴクゴクと良い音をさせながらビールを一気に喉に流し込んだ。


「……カァアア――ッ! いいね! ゲフ――!」


 オッサンか。


「オッサンちがうわ。あ、なに? そっちもまだ残ってるなら貰っていい?」


 そう言って人魚センパイは俺の飲みかけのビールを引ったくってあおり、ゴクゴクと喉を鳴らした。


 ……あ。

 ヤダッ。

 間接キス!

 は、初めてだったのに!

 俺、27年生きてきて、初めてだったのに!


「っかああっうめぇええ! いやーマジで助かったわ。ヤニもアルコールも切れてボチボチ震えが止まんなくなってて干物になりそーだったんだよ!」


 やっぱりオッサンか。


「だぁら、ちげーっての。こんな美人魚びにんぎょ捕まえてオッサンとか、酢でシメんぞテメー」


 酢って。

 シメサバか。


「人魚ジョーク」


 ポーズとドヤ顔。

 リアクションに困るパターンだ。


「んだよ、ノリわりぃーな」


 そう言いながら人魚センパイはどこから出してきたのかサメの刺繍が入った赤いスカジャンをはおった。


「よーしよしよし。ビール貰った恩返ししなきゃなんねーな」


 今度はカメか。


「竜宮城には連れてけねーよ。あそこの料金バカたけぇし。あ、でも誰か年パス持ってたよーな……」


 レジャーランドか。


「大人のな」


 それ風俗じゃねーか。


「ニヒヒッ。いや、ホントお前オモシレーな」


 そりゃ、どうも。


「そういやまだ名乗ってなかったな。アタシは冬美ふゆみ。人魚の冬美ふゆみってんだ。ヨロシクな」


 名前フツーか。

 てか日本名なのか。


「フツーでわりーか。日本の海に住んでんだから当たり前だろ」


 ごもっとも。


「で、おま……アンタの名前は?」


 おろ。

 お前からアンタに昇格でござるか。


「いーから。名前」


 磯崎いそざき春太郎はるたろうです。


春太郎はるたろう。じゃ、ハルな」


 そこは「ナツな!」ってボケるところじゃ。


「うっせーバーカ」


 はい。すんません。


「ま、とにかくこれからヨロシクなハル。」


 うっす。こちらこそどうぞヨロ……は?

 毎日?


「そ。毎日。アタシら恋人になったんだからとーぜんだろ?」


 こここ、恋人!?

 いつなりました?

 どうやってなりました?


「さっき……したじゃん? ……キス」


 キィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?


「こーれ。間接だけどさ」


 ビールの缶。


「人魚はさ、たとえ間接でも初めてキスした相手とは恋人になるおきてなの」


 マジっすか。


「そ。これ絶対だから。人魚のおきて破るとかマジありえねーから。つーか、アタシにここまで言わせて断るとか、恥かかせるつもりか?」


 いや、あの、でも、こーゆーことはお母さんに聞いてみないと。


「ごちゃごちゃウルセー。もしハルが毎日来ないってんなら、この辺の海通る船、片っ端から歌うたって沈めてやっから」


 は、はいいいいいっ!?


「人魚の歌声ナメんなよ。フェリーとかでも一発だかんな!」


 は、はひっ。


「ま、仲良くやろーぜ。な、ハル!」


 そう言って人魚センパイこと冬美ふゆみはバンバンと俺の背中を叩いて笑った。


 ――これが出会い。


 そして、彼女イナイ歴=年齢の俺に、一冬だけの短い間『彼女』が出来た記念すべき瞬間だった。



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