9人目 宮沢零菜 

 気が付くと、そこはオレンジ色の靄に囲まれた世界だった。


 僕はその世界で大の字になって空を見上げていた。体を起こそうと腕を地面について力を入れる。


「いって!」


 思わず声に出るくらいの痛みが走った。

 何とか痛みに耐えながら僕は立ち上がる。

 周りを見渡すが何もない。

「誰かいませんかー?」


 声は反響することなく消えていった。

 どうしたものかと悩んでいると遠くに人影が見えた。僕は急いでその人影に向かって歩いて行った。近くに行ってようやく分かった。その人影は高齢の女性だった。しかし、その容姿からは想像も難しいほど、淡々と歩き続けている。気を抜いたらおいていかれそうなほどのスピードだ。


「あの、すいません。ここはどこですか?」


 その女性は僕の質問に答えようとしなかった。歩く速さを変える気も一切なさそうだ。

 いや……そもそも僕の存在にすら気づいていなさそうな反応だ。

 僕はとりあえずこの人についていくことにした。少なくてもこの人は目的をもって歩いている気がしたからだ。


 歩いているうちに、次第に体の痛みは消えていった。むしろ体がいつもより軽い。地面もふわふわしている気がする。

 足が勝手に進む。なんとも気持ちのいい体験だ。

 僕は少し走ってみたりした。全然疲れを感じない。小学生に若返ったみたいだ。

 途中でここまでついてきた高齢の女性を見失ってはまずいと思った僕は走ってきた方向を振り返った。


 すると


 たくさんの人影があった。それは全て黒い靄でボケて見えるが確かに人だった。みんなただひたすら同じ方向に向かって歩いている。

 一体この先に何があるのだろうか? 僕は好奇心を刺激され、誰よりも先に行ってみたいと思った。僕が体の向きを前に戻した時だった。


「…………○○君……」







 懐かしい声だった。僕が一番好きな声。ずっと頭の奥に残っていた声。

 その声は後ろから聞こえた気がした。僕は人影を掻き分けながら全速力で逆走する。人影が目指す方向と逆に走れば走るほど、体に痛みが戻ってきた。

 君の名前を叫びながら僕は走り続けた。喉から血の味がする。それでも僕はやめなかった。


 何度も何度も何度も叫んだ。

 もう体は限界に近かった。声を出すのも苦しい。

 視界が暗くなる。僕はそのまま地面に倒れた。

 もう一度、会えると思ったのに…………





「……っな…」

「○○君!?」

「今、一瞬目を覚ましたぞ! 医者呼んで来い!」

「あ、私行ってきます!」


 あー……あれ、夢か……。

大丈夫……分かってるよ。


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