第2話 頼んだ注文

 居酒屋までは徒歩で十五分も歩けば確実に着く距離だ。

「私が混ざったら幼馴染さん嫌がるかな?」

 桃花が心配そうな声で聞いてきた。

「だいぶ酔ってるっぽいし、そういう関係でもないから気にしなくていいよ」

「今日は幼馴染さんに誘われたの?」

「大学から付き合ってた彼氏に振られたって。どーせ勘違いだろうけど、よくあるんだよ」

 後は最近の状況などを話した。桃花は僕の半歩右後ろで話し続けた。

 しばらくすると居酒屋が見えてきた。中から漏れている明かりが暗い夜の街を色付けている。まるでそこだけ祭りでもあるかのように。

「いらっさせー!!二名様でごぜーますか!?」

「あ、はい」

 声が大きく癖が強い話し方をする定員に少し戸惑った。

「お席はどーしやさっすか!?」

「先来てる奴がいるんで」


 僕は突き当たりの階段まで行って二階に上がった。

 朱里がいるのはいつも二階なのだ。

 二階は座敷になっている。畳の匂いは酒の匂いで一切しない。

「あーいました。あそこでお願いします」

「今おしぼりお持ちしやす!!」

 机の上にはすでにジョッキが3つほど空いていた。

 そこで焦げ茶の髪色をした女性がキャベツを箸でつついている。

朱里あかり……」

「遅いー!……その子は?」

 朱里は腰を曲げたまま顔だけを上げもう一人いることに気がついた。顔は少し赤みがかかっている。

「あ、倉山桃花っていいます」

「俺の大学の同級生。さっきたまたま会った。ほら、朱里も自己紹介しなさい」

小野悠翔おのゆうとの幼馴染の立花朱里たちばなあかりです。……この子も一緒に飲むの?」

 朱里は口を尖らせている。朱里は少し人見知りな所があるから警戒しているようだ。

「色々あってお礼に一品奢ってくれるって」

「いい子!!!」

 奢ってくれる事を聞いた途端朱里の目が輝く。さっきまで曲がっていた背中は天に向かって真っ直ぐ伸びている。一品でこんな反応だ。誰にでもホイホイ着いていきそうで少し心配になった。


 僕は朱里の隣に桃花は朱里の対面に座った。

 上着を脱いで後ろに置く。

「え!? 何でゆーと横来るの?」

「あと二人桃花と約束してる奴が来るんだよ。その言い方地味に傷ついちゃうよ。幼馴染傷ついちゃうよ」

「じゃあゆーとも二品奢ってね」

「ん? どういう計算?」

 朱里は僕の返事を聞かないままメニュー表を食べるのかと思うほど勢いで見始めた。

 僕が桃花の方に目をやると、桃花は察した様にどうぞどうぞとジェスチャーした。

 しかし、朱里が遠慮なく高いものを頼んでも困るのでメニュー表を取上げ店員を呼んだ。

「ごっちゅーもんをどーぞー!!」

 先程の店員だった。

「えっときゅうりの……」

「枝豆がいい」

 朱里が服の裾を引っ張りながら言ってくる。まあ枝豆なら値段的に問題ないし僕も嫌いではない。

「枝豆1つと」

「はぁああい!!」

「鳥のささ――」

「からあげがいい」

 また引っ張ってきた。

「からあげ1つ」

「はぁぁあああい!!」

「最後に焼き鳥のタレ……」

「塩」

「焼き鳥塩でおなしゃーす!!」

「あぁぁぁあああああいい!!」

 やけくそだ。テンションで誤魔化す。

「お飲み物はどうなさrrrいますか!?」

「生で」

 朱里が即答する。机の上に並んでいる空いたジョッキは多分全部生ビールだ。

「えっと、私ジントニックで」

「俺オレンジジュースで!!」

「ご注文くrrrrrrかえしまぁぁぁあああす!!」

 誰もこの店員にツッコまないのかは気になったがとりあえず注文は終えた。

 メニュー表を端の方に片付けた。隣の幼馴染は勝ち誇ったようにドヤ顔してこちらを見ている。僕は一つ、深く、息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る