ハジマリノキッカケ

ヒロイセカイ

ハジマリノキッカケ

 都内近郊、発展著しい駅の改札前。

 誰もが急ぎ足で改札の中へ、または改札から外へと移動している。


「はい!ナカエマサヒロです。今日は〇〇駅から突撃インタビューを行いまっす!帰宅時間ということもあり人が多いですねー!それでは誰に質問しようかな」


 そこへうつむき加減で歩いてくる細身の、いかにも会社に不満がありそうなサラリーマンが目についた。

「あの人にします!」

 ナカエマサヒロはスマホが取り付けられた自動り棒を片手にサラリーマンに駆け寄る。


「あのー私ナカエマサヒロと申します、ちょっとよろしいですか?」

「え、なになに?何なの?」

「動画配信してるナカエマサヒロです!よろしく!」

「よろしくって。俺そういうの見ないからよくわかんないよ」

「お名前とお歳を教えてもらってもいいですか。名前は下の名前やあだ名でもいいですし年齢も大雑把でかまいませんので」

「えっとツヨシ、27」

「ツヨシさんはどんなお仕事されているんでしょうか?」

「仕事って。え、これもしかして動画録ってんの?」

「そうです!あとで編集でモザイク処理とかするんで身バレしないんで大丈夫ですよ」

「今日はサラリーマンの方に会社の不満なんかあったら聞きたいなーなんて思ってるんですけども」

「不満?そんなの腐るほどあるよ。仕事は忙しいのに給料安いし。毎日残業ばっかだし。人間関係も面倒くさいし。辞めたいよ」

「そうなんですねー。ここだけなんで上司に一言どうぞ!」

「上司?上司どころか社長に言いたいよ。こんな会社、長く続かねーぞ!ボケカス!」

「かなり力強いお言葉いただきましたー!ありがとうございました!明日もこの時間にどこかで中継しまーす」

 男はスマホの録画を止めた。


「ありがとうございました。いい感じの撮れましたよ。顔とか声は調整しますんで大丈夫ですよ」

「特定されないならいいよ。この仕事?生活できてんの?」

「この動画配信だけだとまだまだ厳しっすね。バイトしたりしてなんとか凌いでますよ。これ一応お渡ししときます」

 ナカエは名刺を渡してきた。なんの装飾もない名刺サイズの紙にカタカナの名前と電話番号とメールアドレスが書いてある。

「俺許可撮ってからアップするんで連絡先教えてもらっていいですか」

以外に律儀だな。俺はスマホのディスプレイに表示させたメールアドレスをナカエに見せた。

「じゃこれ」

「ありがとうございます。編集したら連絡します」

「わかった。それじゃあまた」


 家に帰り夕食を食べた後なんとなく気になって「ナカエマサヒロ」をスマホで検索してみた。

 毎日のように動画を上げているようだ。コーラの一気飲みや激辛ラーメンに挑戦している動画や、さっきのように突撃インタビューをしている動画もあった。聞いていた通りナカエ以外の人の顔にはモザイクがかかり声も変換されていたので問題はなさそうだ。ナカエの質問は仕事だけでなく友人や恋人、家族、学校、ニュースへの不満など年齢や性別によって異なっていた。


 ナカエの動画に登場するいろいろな人の不満を聞いているうちにさっき自分がナカエに話した内容が頭をよぎった。

「仕事は忙しいのに給料安いし。毎日残業ばっかだし。人間関係も面倒くさいし。辞めたいよ」

 社会人になって5年。

 毎日仕事に行っているが同僚や上司との会話は仕事についての話ばかり。

 1時間の昼休みも会社から離れたビルの休憩所のベンチでスマホを眺めるだけ。

 たまに催される会社の飲み会も適当に理由をつけて参加していない。

 このままでいいのか。


 翌日、残業で昨日より退社が遅くなったが改札を出たら端の方にナカエがいた。今度はこちらから話しかけてみた。

「今日もやってんの」

 ナカエは一瞬キョトンとした表情をみせたがすぐに思い出したようだ。

「ああ、ツヨシさん」

「そんなにしょっちゅうおもしろい動画なんて撮れるの?」

「家にいてもおもしろいネタなんて見つからないし、ネタ探しのついでみたいなもんですよ」

「今日も会社員に声かけてるの?」

「そうですね。ただ今日は女性にしようかなと思ってます」

「今日ネットニュースに出た芸人の不倫ネタの感想なんか聞いてみようかなって」

「そんなの人気出るの?」

「何がバズるかはわかんないっすね。このネタを相手に振ることがバズるのか、こうやって一般の人に突撃することがバズるのか、俺自身がバズるネタなのか?正直俺にもどんだけ視聴数が伸びるかわかんないですよ。ただ、考える前に動けってやつじゃないですか?」

「考える前に動く?」

「他人がもうやってることや聞いたことをまねしたってその人は上手くいったけど、自分が上手くいくとは限らないじゃないっすか。自分に合わないことを真面目にやったって好きでやってる奴には絶対にかなわないみたいな」


 俺の周りにも他の奴が面倒だと思うような仕事なのに本人は楽しそうにやり続ける奴がいたな。

 俺の好きなものってなんなんだろう。


「お、あの人にしてみるかな。それじゃあまた」

 ナカエマサヒロは撮影を開始した。

「はい!ナカエマサヒロです。今日も〇〇駅から突撃インタビューを行いまっす!帰宅時間ということもあり人が多いですねー!今日はあの人に質問しようかな」

 小走りに改札から出てきたスーツの女性に向かって行った。


 なんだか胸のつかえが取れたような気がした。俺もまずは動き出してみるか。

 たしか忘年会の出欠は明日までだったな。

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