あの頃僕は18だった。
ことりは
第1話
「いつまで拗ねてるの?」
スーツを羽織り、少しだけめんどくさそうに彼は言った。
彼の名前は、金子仁。28歳。私の初めての彼氏だ。
「分かってるよぉ。嫉妬しても仕方ない事くらい。」
「分かってるなら、そんな顔しない。」
彼には、忘れられない人がいる。
それを知っていても、彼の事を好きになってしまった。忘れさせてあげるから、なんて偉そうなセリフを吐いて彼女の立場を手に入れても、こうやって些細なことで嫉妬する。
そんな自分が嫌になる。
彼女になるだけで満足だと思っていた。その時は本気で。
だけど、人間は欲深い。いざ彼女にしてもらってそれだけでは満足できていないことに、自分でも嫌になる。優しい年上の彼は決して私を邪険にはしないけれど、私に手も出さない。
“未成年だから”と、そんなもっともらしい事を言うけど本当は分かっている。私は愛されていないからだと。
「仕事遅れるから、帰ってきてまた話そう。ちゃんと大学行くんだよ。」
「はぁい。」
仁君はまるで小さな子供をあやすように私の頭を撫でて家を出て行った。過去の話だよ、君が一番好きだよ、そう何度も言ってくれるけれど、相変わらず私は気になってたまらない。
恋愛初心者の私には、大人な彼との恋愛が難しい。
仁君の忘れらない人がどこで何をしているか。彼はもちろん、彼の友人も私に教えてくれない。もちろん知ったところで自分の首を絞めるのだろうけれど、だけど考えてしまう。
もし、その人が今ここに現れたら。
きっと仁君は私になんて目もくれず、いなくなってしまうのではないかと。
1人になった仁君の部屋で小さくため息をついた。
「大学行こ…。」
誰に言う訳でもないその言葉は、一人の空間に消えた。
私の私物が増えてきた仁君の部屋で、大学に行く準備をしているとインターファンが鳴った。
「はーい。」
宅配かと思いモニターを除くと、そこに居たのは仁君の友人の優紀君。
エントランスから仁君の部屋まで上がって来た彼は、私の顔を見るなり「仁は?」と聞いた。
「仕事行ったよ。」
「ああ、そう。これ、仁から借りてたゲーム。」
「渡しておくね。」
紙袋を受け取ると、優紀君は私の浮かない顔に気づいたのだろう。「どうした?」と呟く。
「ねぇ。仁君の忘れられない人ってどんな人だったの?」
「またそれ?お前も懲りねぇな。」
「だって気になるんだもん。」
「過去は過去。今は今。お前は今だけ見てろ。しつこい女は嫌われるぞ。」
優紀君は、そういうと笑った。
彼は、仁君の旧友だ。昔から仲が良かったみたいで、私の事も可愛がってくれる。口は悪いけど、優しい。
「元はと言えば、優紀君が言ったんじゃん。仁君に忘れられない人がいるって。」
「…そうだっけ?」
「そうだよ!責任取って教えてよ。」
「お前が“私が忘れさせます”って言ったくせに。」
「覚えてんじゃん!」
ケラケラ笑って、帰ろうとする彼を引き留める。
「いいからもう学校行けって。」
「‥‥。」
「ちゃんとそのうち教えてやるよ。」
「ほんと?」
「多分。」
もう!と怒ったようにする私に手を振って、彼は本当に帰ってしまった。
ああ、モヤがかかるばかり。
大人みたいに、上手に付き合いたいのに。
チラッと時計を見ると、思った以上に時間が経っていて、私は慌てて家を飛び出した。
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