第4話 暖簾分け

 そして約束の二十年目に、ご主人さまのお勧めで店を開くことになりました。いわゆる暖簾分けでございます。勿論、ご主人さまのご援助のもとでございます。開店時には、なんと有難いことでしょうか。ちんどん屋を使っての宣伝をして頂けました。そのお陰を持ちまして、千客万来の日々でございます。用意させていただく菓子も、お昼時にはほとんどなくなってしまいます。

「もうないの? もう少し作ったらどうなの」と、よくお客様にお叱りを受けるほどでございます。ですが、職人はわたくし一人でございます。今の数を作るのが精一杯でございます。それにお店を任せておりますお方も、お昼前だけのお約束でございましたし。

「お嫁さんを貰いなさいな。何なら、あたしが世話しようかね」

 ご近所の方々から言って頂けますが、辞退しておりました。と申しますのも、わたくし、心に秘するものがございまして。いえ、今ここで申し上げるわけには……。

 ただその一年後には、大東亜戦争の勃発で赤紙が届き、すぐにも入隊の運びとなってしまいました。しかし、何が幸いするのでしょうか。和菓子の製造で体を蝕まれていたわたくしは――兵役検査でわかるという皮肉さでしたが、外地に赴くことなく内地で終戦を迎えたのでございます。しかも幸運にもわたくしの店は戦災を免れまして、細々ながら和菓子づくりを再開したのでございます。そしてその後、妻をめとりました。

 そうそう、言い忘れておりましたが、御主人さまは東京空襲の折にお亡くなりになっています。奥さまもまた、後を追われるように亡くなられておられます。実を申しますとわたくしの妻と申しますのが、その御主人さまの忘れ形見でございます小夜子お嬢さまなのでございます。毎日々々、わたくしの店の前で泣いておられたのでございます。御年十九歳でございました。それは心細かったことでございましょう。ご親戚筋が長野県におみえになるのでございますが、疎開されることなくご両親と共だったそうでございます。

 御主人さまのご恩への、万分の一でものお返しというわけでもございませんが、お嬢さまのお世話をさせていただきました。そのことがご親戚筋の耳に届きまして、すぐに所帯を持たせていただくことになった次第でございます。勿論、おそれ多いこととご辞退したのですが、お嬢さまの「いいよ!」のひと言で決まりましてございます。

 非常にご聡明なお方で、女学校にお通いでございました。わたくしといえば、ご承知の通りろくろく小学校にも行っておりません。釣り合いがとれないからと、何度も辞退をしたのでございますが……。

 とまあ世間さまには申し上げて参りました。

 今でこそ申し上げられますが、お嬢さまは戦時中アカと呼ばれる国賊と、今で言う同棲生活を送っておられたのでございます。自堕落というお叱りのことばを、小夜子お嬢さまに幾度となく使われましたですが、馬耳東風とばかりに小夜子お嬢さまには届いておりませんでした。そのことがご近所にも知れ渡ることとなり、そこかしこでひそひそ話がありましたです。それについて、ご主人さまの心労も如何ばかりかと……。

 まあ或事情がありまして、その男はお嬢さまの元から離れたのでございます。その後はご実家であるご主人さまのもとへとお戻りになられました。そして何事もなかったかのような日々を送られました。わたくしとしましてはどのように接すればよいのかと思い悩みましたですが、ご主人さまを見習って平生通りに接しましてございます。

 そんな事情ですので、失礼な話ですが、まともな嫁ぎ先はございません。後添えに、というお話が届いたときには、さすがにご主人さまもお怒りになられて「お世話はかけません!」と追い返された始末でして。「困った折には助けてやった恩も忘れて」と、塩をまくようにと命じられもしました。

 まあご主人さまも亡くなられたと言うこともあり、持て余し気味に感じられていたご親戚筋なのでございましょう。わたくしの方でお嬢さを預からせて頂いてると分かりました折に、お声がかかったような次第でございまして。とは言いましても、わたくし自身、前々から好意を持っておりましたので心底から喜んでおりました。ただ、その国賊の子供を身ごもられていることなどは知る由もございませんでした。

 今にして思えば思い当たる節もございますが、何しろ終戦直後のことでごさいます。単なる早産と思っていたのでございます。えゝもちろん、妻はそう申しております。

「あの方はあたくしの家庭教師なんです。同棲など、とんでもない。第一、父がそんなことを許す筈がないじゃありませんか」

 が、わたくしには分かっているのでございます。あの厳格なご主人さまの手前、そうせざるを得ませんでございましょう。 しかし、しかしですな、学校を終えられてそのままその男の元に向かわれたのですぞ。更には、休みの日など朝から行かれたのです。

「試験勉強の折でしょうに、それは。それにお友だちの家に寄ることもありましたし。思い違いですよ、あなたの」などと言われてもですな、にわかには信じられません。知らぬ事とはいえ、そんな妻と三十年余り連れ添いました。

 娘が十六の時でございました。

 酒の酔いも手伝って、妻に手をあげてしまいました。些細なことからの口喧嘩の末のことでございました。生まれてこの方、そのような経験のない妻にとっては、ショックでございましたでしょう。眼をカッと見開いて、口をパクパクさせておりましたです、はい。クク、まるで陸に上がった魚でございました。思わず吹き出してしまいました。と、怒ること怒ること。

「あ、あなた! あんまりです。あ、あたくしが一体なにをしたと言うんです! 手を上げられるなんて、あたくし、信じられません。そりゃあ、少し帰りが遅くなりはしました。お客さまをお待たせしてしまったことは、悪いと思っております。でも機嫌良くお帰りになったじゃありませんか。信じられません、あたくし」

“俺をこけにして! 妙子は、あの男の娘なんだろうが”。そう心の内では叫んでおりました。

 どうして実の娘ではないと思うのか? とお尋ねですか。お話ししていませんでしたか、失礼いたしました。親の口から申すのも何でございますが、実に頭の良い娘でして、常に学年で主席の成績でございました。器量に致しましても、わたくしに似ず評判の娘でございます。

 お分かりでしょうか? わたくしとは似ても似つかぬ娘なのでございます。まあ確かに、妻に似てはおります。ただ、大木さまのお話では、あの同棲相手の男の面影があるとのこと。そう考えれば、まったく納得のいくことでございましょう。まったく不釣り合いなわたくしのような者に嫁ぐなどということが。娘のおらぬ所でそのことを詰りましたのが、このお話の、ある意味では発端でございます。

 もちろん、妻は否定いたします。

 しかし、否定されればされるほど疑念の心は確信に変わっていったのでございます。そして嫁ぐことを決意した理由が、「あなたへの恩返しのつもりだった」と聞かされた折りには、やはりという気持ちになりましてございます。そうでございましょう? 恩返しなどとお為ごかしなことを、いけしゃあしゃあと言うのでございますから。奉公中のわたくしめに対する態度を思いますれば、とてものことに信じられぬ言葉でごさいます。

 毎日のように背におぶってあやし申し上げたわたくしに対して「お前の背は臭かったわ!」などと、女学校のご級友の前での罵詈雑言。聞かれたご級友の、かばい立てがなかったら……。そしてまた、何ゆえに手までお上げになられるのか。しかもお手ではなく、さも汚らわしいものに触れでもされるように箒を持ち出してのこと。わたくし、忘れてはいませんぞ。

「正夫さん、本心からではないのですよ。あの年頃というのはね、心持ちとは逆のことを口にしたりするものですよ」。そんな風に大木さまからの優しいお声かけがありましても、わたくしにはとてものことに信じられませんです。あの蔑みの目は、わたくしの脳裏から未だに消えておりません。うっすらと浮かんでいた涙とて、そこまでお嫌いなのかと情けなくさえ思えたものでございます。

「あなたさまは忘れたとおっしゃるのですか! 女学生時代の、あの仕打ちを」

「女学生時代は、あの頃のことは…。今になってそれを詰られても。確かに、あの時のあたしはどうかしていました。悪うございました。でも、心の中では、手を合わせていたのですよ。涙をこぼしながらの、仕打ちだったのですから」

「ふん! 分かったものですか。あとからならば、何とでも言えますでしょう。いくらでも言い訳できまするぞ。そんなことより、わたしが許せないのは、到底許せないのは、嘘を吐かれたことです」

「何ですの、嘘って。あたくしは、嘘を吐いたことなどありませんよ」

「しらばっくれるんじゃありませんぞ! 妙、妙子は、一体誰の子なんです! わたしの娘だとはおっしゃらないでください。ふん、わたくしは知っておりますから。あの国賊の娘なんでしょうが」

「な、なんてことを! あなた、気は確かですの? 呆れたお人ですね。言うに事欠いて、先生の娘だなんて。正真正銘、あなたの娘じゃありませんか」

 しかしどうしても認めませんのです。厚顔無恥でございますよ。まったく人倫にもとる妻でございます。多少の嘘は良しとしても、この嘘だけは許せません。いえ、正直に話してくれさえすれば、わたくしだって鬼ではありません。ありませんし、妙子も可愛い娘でございます。妻が、正直に認めて、わたくしにあやまってさえくれれば。結果、わたくしたち夫婦の家庭内別居が始まったのでございます。

 食事の支度こそしてくれますが、わたくし一人のわびしい食卓でした。以前も確かにひとり食事ではございましたが、あれこれと世話を焼いてくれておりましたのに。まあ確かに、妻に告げることなく朝を一時間ほど早めは致しましたが。膨れっ面など、見たくもありませんですから。それに顔を見るとつい「あの男が今でも忘れられませんでしょうな」等々、口に出してしまいそうでございますし。

 当初こそ否定していた妻ですが、程なく口を利かなくなりました。認めたも同然でございます。いえ実は、認めたのでございます。

「はいはい。そういうことにしておいてくださいな、馬鹿々々しい」

「そらみろ、やっぱりじゃないか!」

 そそくさとわたくしの前から離れる妻を追いかけるのですが、だんまりでございます。

 店の手伝いでごさいますか? ええまあ、表で頑張ってはおります。いつものようにお客さまに愛想を振りまいておりますです。裏で仕込みを続けるわたくしのもとにまで聞こえてまいります。わざと大声を張り上げているのでございますよ。

 確かに、以前も大声でした。その明るい声に、わたくしの疲れも吹き飛ぶというものです。世間話の上手な妻でございまして、よくお客さまを笑わせております。その笑い声は、お客さまに安心感を与えますようです。

「奥さんと話していると、浮世の憂さがぱあっとどこかに行ってしまうわ」。そんなお言葉を、ちょくちょく頂いております。そんな頃に、お饅頭類だけでは先細りになりはしないかと考えまして、妻の反対を押し切って醤油煎餅を作ってみたのでございます。しかしお客さまのお口に合わなかったようでして。いえいえ、きっと買ってくださるはずです、そのはずでした。

 ある夕暮れどきでございました。「あなたには負けたわ。それじゃその、新しく作られたお煎餅を頂こうかしら」というお客さまの声が聞こえまして、初めて売れましてございます。思わず小躍りしてしまうほどでした。

 妻の押し付けがましさは我慢なりませんです、はい。

 きっと売れるはずなのでございます。それが証拠に「美味しかったわよ、またいただくわ」とおっしゃって頂けるお客さまが、日に日に増えているのでございますから。「奥さんの太鼓判ですもの、美味しいはずよね」などと、お客さまにおべっかをつかわせるとは、まったく不届き千万でございます。それにしても厭味な妻でございます。今日も今日とて、これみよがしに大声を張り上げているのでございますから。

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