54
「さ、あたしたちも、用意をしなくちゃ」
おねえちゃんが、銃に手を伸ばした。
おねえちゃんを真似して、圭太も、重い銃身を手をとった。汗で、銃の握りが、にちゃにちゃとしけった。
ダンと、フォードは、イグアノドンの群れの後方で、左右二手に分かれた。このまま、群れを追い立てて、中の一頭を、圭太とおねえちゃんの待つ岩の間まで走らせるのだ。
「ウオオオオオオオ!」
突如、ティラノサウルスの雄叫びが、静かだったあたり一面に響き渡った。穏やかにシダを食んでいたイグアノドンたちの、右から、左から。その声は、平原のはるか遠くまでこだました。
群れは、パニックに陥った。
悲しげな悲鳴、絶望的な叫びが、イグアノドンたちの間を流れた。だが、それは、一瞬のことだった。群れは、いっせいに、こちらへ向けて走り始めた。
ドドドドドドド!
緑が美しかった平原に、たつまきのように砂ぼこりが舞い上がった。イグアノドンたちが、必死で走ってきた。二本の足で、地を蹴り、両手を右に左に振って。
彼らは、ただ逃げることだけを考えている。目を見開いている。それなのに、まるで無表情のように、圭太には見えた。
そうじゃない。彼らは、死の恐怖に怯えているのだ。
中の一頭が、群れを外れた。
素早く、ダンが後をつけ、フォードがそれに続く。二頭のティラノサウルスにぴったり後をつけられ、イグアノドンは、ますます群れを外れてくる。圭太たちの罠に向かって。
「来たぞ!」
イグアノドンは、もう十メートルほどの距離に迫っていた。その全身から、必死の思いがたちのぼっているようだった。恐怖と絶望、それでも生き残ろうという、強い執念……。
岩は、イグアノドンの顔くらいの高さだった。圭太の目の前を、ちょうど、イグアノドンの急所が駆け抜けていく計算になる。首の大動脈が。
その一瞬、圭太が見たのは、おびえ切ったイグアノドンの瞳だった。間近に迫った死を見つめ、それでも逃げねばならない、太古の生命そのものだった。
「僕にはできないっ!」
「撃つのよ!」
圭太が叫んだのと、おねえちゃんが引き金を引いたのは、同時だった。
おねえちゃんの撃った麻酔弾は一瞬遅く、向こう側の岩に当たって跳ね返った。
「しまった、外した!」
イグアノドンは、転がるボールのように二枚の岩の間を駆け抜け、あっという間に、仲間の群れめがけて走りだした。
もう一度、おねえちゃんが引き金を引いた。圭太は、体が硬直した。
その時、二人の前を走り抜けたイグアノドンが、静かに膝を折って、前のめりに倒れた。まるで、スロー再生を見ているようだった。
一滴の血も流れていない。ただ、転んだだけのように。
両手両足がぴくぴくと震え、すぐにおさまった。
あまりにもあっけなかった。
その時、圭太の中で、何かが壊れた。
圭太は、銃を構え、逃げて行く群れ目がけて、つづけざまに引き金を引いた。
何頭かのイグアノドンがふいに立ち止まり、びっくりしたような表情を浮かべ、それから、ゆっくりと倒れた。血は流れない。
圭太は、また、引き金を引いた。
弾が出なくなると、銃を替えて、再び、引き金を引いた。
弾は、外れなかった。必ず当たった。
少なくとも、圭太にはそう、思えた。イグアノドンたちは、次々と、圭太の銃に撃たれていった。
麻酔銃だから……。
しびれたようになっている、熱い頭のどこかで、圭太は、自分の声を聞いた。
麻酔銃だから、死にはしない。
次々と、何かに取りつかれたように、圭太は、新しい銃を手に取った。もう、やめられない。途中では、やめられない。
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