スター

49


 「時間軸変わらず、白亜紀後期。地理、南へ移動ゲオグラフィカリー・ムーブ、サウス……」


スーパーおろち号の先頭車両で、白蛇が指令を出している。


「エンジン出力ダウン、減速……」



 「それで、今度の依頼は、どの恐竜からなの?」


 圭太が声を掛けると、白蛇は、くるりと振り返った。おねえちゃんと圭太の目をのぞきこむように、順繰りに見る。


「依頼の内容は、子どもたちの教育です」

とだけ、言った。



「あら、楽しそうね。女性向けだわ、その仕事」

がぜん、おねえちゃんが張り切る。



 こほんと、咳払いをして、白蛇は言った。

「これを飲んで下さい」


白蛇が頭を振って示した先には、テーブルに載せられた杯があった。



「あの、僕、まだ子どもだから」

お酒だと思って、圭太は断った。


「大丈夫ですよ、中身は水ですから」


「なんで水を盃で飲むの?」


「なんででも。お前もだ、カイバ」



 白蛇に言われるままに、白蛇、おねえちゃん、圭太、カイバの順で、杯を回し飲みした。中身は本当に、ただの水だった。



 こほん。白蛇が咳払いをした。

「いろいろ嫌みも言いましたが、私はあなた方のことが大好きだったんですよ。


「なんだか気味悪いわね」

お姉ちゃんがおでこにしわを寄せる。


 白蛇はむきになった。

「本当です。だから、私のこと、恨まないで下さいね。私はただの、竜王の使いに過ぎないんですから」


「別に恨んでなんかいないけど……」

圭太は言った。


 少しだけ、白蛇は笑った。

 すごく、奇妙な気がする。


 ぱたぱたと尻尾を振った。

「あっ、着いたようです。お気をつけていってらっしゃい」






「変ね、今日の白蛇は」


1号車の通路を、デッキに向かって歩きながら、お姉ちゃんが言う。


「あっ、まだ、依頼竜のこと、聞いてない」


 慌てて、圭太は振り返った。

 白蛇は、ぽつんと、ソファーに残っていた。


「それは……。いえ、すぐにわかります。もう、外に立っていらっしゃいますから」



 短気な恐竜なんだな、圭太は思った。その時、先にデッキに出ていた、おねえちゃんのけたたましい悲鳴が聞こえてきた。


 何かが、デッキのすぐ外に立っている。

 ものすごくでかい……

 そして、荒々しい気配。


 ティラノサウルスだった。

 地球の歴史上、最大・最強の肉食恐竜。その名も暴君トカゲ。


 その恐ろしい恐竜が、デッキの外に立ちふさがっていた。よだれを垂らしながら、圭太とおねえちゃんの方をじっとにらんでいる。



 「ひえーっ、ひえーっ」

おねえちゃんは声も出ない。


 ぷしゅーっ。

無情にも、ドアが開く。



 「ぐぎぎぎ、ぐぎゃあーっ!」


ティラノサウルスが吠えた。大量のしぶきが、圭太とおねえちゃんの上にふりかかった。生卵が腐ったような、すごい匂いだ。



 「ナイフ、ナイフ……」


 おねえちゃんが、うわ言のように言う。大きく開いた口の内側が、見えたのだ。口の中は赤黒く、クリーム色に光る歯が、気が遠くなるほどびっしりとならんでいた。あまりに接近しているので、圭太には、歯の一本一本の縁がぎざぎざしているのさえ、見てとれた。



 ティラノサウルスが、首をかしげ、口を閉じた。両方の鼻から、ぶおーっ、ぶおーっと蒸気が吹き出す。黄土色の白目の中で、丸い黒目が、ぎろっと動いた。



「ドドドドド、ドアを閉めなきゃ」


「待って、おねえちゃん。あのティラノサウルス、何か言ってる」


「ええーっ、じゃあ、依頼してきたのって……」


「あのティラノサウルスだよ。間違いない」


「くっそーっ、肝心なこといわないで、白蛇のやつーっ」


 おねえちゃんは喚き散らしたが、もう遅い。


 ドアは開かれ、恐竜がこちらを睨んでいる。



 圭太は、腹を決めた。


「ここから出なきゃ。人間の姿のままじゃ、恐竜の言葉、わかんない」


「何言ってんのよー。あの肉切り包丁のような歯、見たでしょ? 外に出たら食べられちゃうよー」



 「ダイジョブ、ダイジョブ」

後ろからやってきたカイバが言った。

「シゴト、シゴト」


 そして、しっぽで、ちょんと、おねえちゃんをついた。

 チビで、かぴかぴに干からびているくせに、信じられない力だった。


「キャーーーーーッ! カイバめーーーっ、覚えていなさいよーーーっ」


 おねえちゃんは、丸く半円を描いて、車外へほうり出された。

 背が縮み、尾が生え、人間の少女が、みるみるうちに、恐竜時代の哺乳類の姿に変わっていく。



「僕も行く!」


力強く叫んで、自分から圭太は、飛び降りた。







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