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 「あはは。それは災難だったねえ」


 圭太の話を聞いて、おねえちゃんは笑った。

 けがもなく、健康そのものの、つやつやした顔色をしている。


 対して圭太は、おでこのあたりに、派手な絆創膏を貼られていた。

 スーパーおろちの外に出て、毛むくじゃらの動物の姿になった今でも、この絆創膏は、取ることを許されなかった。




 ……。


「白亜紀のバイキンが入ったら、大変です!」

デッキから、白蛇が、金切り声で叫んだものだ。


「絆創膏ぐらい、我慢しなさい!」


 ……。




 ……だって、このまま絆創膏がはがれたら、痛いんだよ。

 ……絆創膏と一緒に、毛が、たくさん抜けちゃうから。




 「なんで、なかなか帰ってきてくれなかったのさ!? おかげで僕一人で、大変な目に遭ったんだよ!」


 圭太はむくれた。

 おねえちゃんは、けろりとしている。


「カイバがいたじゃない」


「カイバは僕を、助けてくれなかった!」


 向こうは、夫婦2羽で襲ってきたというのに!


「カイバ、トリ、キライ。トリ、イタラ、ニゲル」

きっぱりとカイバが言いきった。


 深い深いため息を、圭太はついた。

「ああ。でこが痛い……」



「ラプトルが……グノールのパパね。そいつが、なかなか、いなくなってくれなくて」


 木の前に、でんと居座っていたのだと、おねえちゃんは説明した。


「うろの中は、暖かくてねえ。ちょうどいい狭さだったし。それで、つい、うとうとと……」


 気がついたら、夜になっていたという。

 さすがに、巣に残してきた卵が心配になったのだろう。ラプトルの父親の姿は消えていた。



「でも、圭太だって悪いわよ」

おねえちゃんの目が、険悪な光を帯びた。

「チョキが出せないのに、じゃんけんなんかさせるから!」


「おねえちゃんも、パーを出せばよかっただろ!」


「咄嗟に出なかったのよ! 決して、チョキが出せないことを忘れてたわけじゃないわ!」


「しっ! 声が大きい」

 慌てて圭太はおねえちゃんを黙らせた。



 ここは、あの鳥の夫婦の、巣の下だ。

 そろそろ、卵が孵るころだ。



 鳥の親にみつかるとまずいので、圭太とおねえちゃんは、頭に、枯れ葉を乗せている。2人で、大きな木の、影になるところに潜んでいた。




 何日、そうして、見守っていたろう。


 時折、くぐもった小さな音が聞こえるようになっていた。

 雛が、卵の内側から、殻を叩いている音だ。


 雛たちはこうやって、同じタイミングを計って、孵化する。


 雛たちの立てる音を、卵の中で、グノールも聞いている筈だ。彼自身も、かたい殻を、くちばしで叩いているかもしれない。



 ……孵化する前から、グノールは、鳥の仲間なんだ!



 ググググググ。

 かすかな音が聞こえた。


 かすかだが、くぐもっていない。

 卵の中からじゃない。


 外で鳴いている!


 

「ねえ……」

「あっ!」


 2人は同時に、巣を見上げた。


 黄緑色の長い顔、頭にオレンジ色のとさかを乗せがラプトルの赤ちゃんが、圭太たちを、見下ろしていた。







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