39
ピーーーーーッ、ピピピピピピ。
木々の梢のどこからか、鳥のさえずりが聞こえた。
ピーーーーーッ、ピピピピピピ。
不意に、グノールが、頭を引っ込めた。
「きゃっ!」
おねえちゃんは、危うく岩の上から、落っこちそうになった。岩の上から体を乗り出して、ラプトルのとさかを撫でていたのだ。
「危ないじゃない。急に頭を引っ込めるなんて」
「しっ!」
グノールが自分の口を、羽で覆って見せる。
ピーーーーーッ、ピピピピピピ。
「聞こえたかい?」
小声でささやく。
「聞こえた? 何が聞こえたの?」
自分も小声になって、圭太は聞き返した。
「あの、きれいな声」
「鳥の声のこと?」
「ああ、そう。鳥だ」
うっとりと、グノールは目を閉じた。
「なんてきれいな囀りだろう。まるで、天上の声のようだ」
圭太は耳を澄ませた。
再び、高いさえずりが聞こえる。
現代の鳥でいうと、ヒヨドリの声のようにも聞こえた。でも、もっとずっと、大きく、息が長い。それに、濁った感じがする。
それでも、恐竜の耳には、充分に、きれいな囀りに聞こえるようだ。
「君たちにお願いしたいのはね」
グノールは言った。改まった顔をしている。
「僕の手助けをしてほしいんだ」
「手助け! オッケーオッケー、ハッピーだいちゃん♡ にお任せ!」
軽薄な営業マンのように、おねえちゃんが、安請け合いしている。
見かねて圭太は、おねえちゃんをの尻尾をひっぱった。
「ちょっとおねえちゃん。話を聞いてからにしなよ」
「なによ、尻尾を引っ張らないでよ。エッチ!」
「エッチじゃないよ!」
2人で言い争っていると、グノールが割り込んできた。
「なんでも引き受けてくれるんだろ? 超音波広告は、そう言ってたけど」
白蛇まで!
依頼を聞かないうちに!
本当に、なんて無責任な蛇だろうと、圭太は呆れた。
これだから、爬虫類は!
おねえちゃんが圭太を押しのけた。
「だいじょうぶ。任せて。かわいいもふもふちゃんのお願いを断ったりしないから!」
にっこりと、嬉しそうに、グノールは笑った。
「僕はね。鳥さんと友達になりたいんだ」
「……ともだち?」
「鳥さんと仲良くなって、一緒に歌を歌いたい」
「それくらいだったら……」
圭太はほっとした。
一緒に歌うくらいなら、なんとかなるかもしれない。
「そうね!」
おねえちゃんは、大乗り気だ。
「私も一緒に歌っちゃお!」
「僕も!」
夢中で圭太は言った。
「そうだ! 『現代』から、カスタネットやタンバリンを持ってきてもらおうよ! 音楽会を開いたらどうだろう」
太古の音楽界だ。
恐竜と、鳥と、哺乳類の!
圭太とおねえちゃんは目を見かわした。
「とても楽しいことになりそうだね!」
「きっと、売れるわ、カスタネット」
ほぼ同時に叫んだ。
「それとね」
グノールが言う。
「僕も空を飛びたい。鳥さんたちと一緒に!」
「ええっ!」
「なんですって!」
それはちょっと、いや、かなり難しい気がした。
スピノサウルスのパラグライダーだって、背後から強力なサーキュレーターで風を送ることが必要だった。
でもこの場合は……。
風を送ったりしたら、鳥は、吹き飛ばされてしまうだろう。
なら、ヘリコプターは?
確かに、ラプトルは、スピノサウルスより遥かに小型だ。だが、ヘリコプターの爆音に怯えて、鳥は逃げてしまうだろうし。なにより、プロペラに巻き込まれたら、大変だ。
「気球は?」
圭太は言ってみた。
「気球なら、音が静かだから。形に怯えるかもしれないけど、慣れれば、鳥も、近寄ってくるかもしれない」
「気球って何?」
グノールが尋ねる。
「大きな風船だよ。温めた空気の力で空を飛ぶんだ」
「風船って?」
仕方なく、圭太は、地面に絵を描いて説明した。大きな気球に乗ったスピノサウルスが、嬉しそうに笑っている絵だ。
風船のてっぺんや、吊り下げられた籠の縁に、小さな小鳥の姿も描き足した。
「違う」
それなのに、グノールは口を尖らせた。
「僕は、自分の翼で飛びたい。僕はね。鳥さんたちの仲間になりたいんだ」
「君の翼……」
圭太は、しげしげと、スピノサウルスの前足を見た。
たしかにそこには、羽らしきものがついている。
「羽……見せて」
「いいよ」
圭太が言うと、グノールは、羽を広げた。
「私にも見せて」
おねえちゃんも、すりよってきた。
「左右対称だ」
羽の一枚を撫でてみて、圭太はつぶやいた。
グノールの羽は、どの羽も、軸を中心として、右側と左側が、同じ形だった。
「左右対称だと、どうなの?」
おねえちゃんが首をかしげる。
「空を飛ぶ為の羽は、左右の幅が違うんだよ」
空を飛ぶ鳥は、
風切羽は、軸を中心として、左右が非対象になっている。そうでなければ、空気に乗って、うまく上昇することができない。
現に、圭太が家の近くで拾う、鳩やカラスの風切羽は、みんな、左右非対称だ。
「それに、この子の羽、随分、小さいものね。こんなに小さい羽じゃ、体重を持ち上げられないよね」
おねえちゃんがつぶやいた。
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