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 ピーーーーーッ、ピピピピピピ。


 木々の梢のどこからか、鳥のさえずりが聞こえた。


 ピーーーーーッ、ピピピピピピ。



 不意に、グノールが、頭を引っ込めた。


「きゃっ!」


 おねえちゃんは、危うく岩の上から、落っこちそうになった。岩の上から体を乗り出して、ラプトルのとさかを撫でていたのだ。


「危ないじゃない。急に頭を引っ込めるなんて」


「しっ!」

グノールが自分の口を、羽で覆って見せる。



 ピーーーーーッ、ピピピピピピ。



 「聞こえたかい?」

小声でささやく。


「聞こえた? 何が聞こえたの?」

自分も小声になって、圭太は聞き返した。


「あの、きれいな声」

「鳥の声のこと?」

「ああ、そう。鳥だ」


 うっとりと、グノールは目を閉じた。

「なんてきれいな囀りだろう。まるで、天上の声のようだ」


 圭太は耳を澄ませた。



 再び、高いさえずりが聞こえる。


 現代の鳥でいうと、ヒヨドリの声のようにも聞こえた。でも、もっとずっと、大きく、息が長い。それに、濁った感じがする。


 それでも、恐竜の耳には、充分に、きれいな囀りに聞こえるようだ。



「君たちにお願いしたいのはね」

グノールは言った。改まった顔をしている。


「僕の手助けをしてほしいんだ」



「手助け! オッケーオッケー、ハッピーだいちゃん♡ にお任せ!」


 軽薄な営業マンのように、おねえちゃんが、安請け合いしている。

 見かねて圭太は、おねえちゃんをの尻尾をひっぱった。


「ちょっとおねえちゃん。話を聞いてからにしなよ」


「なによ、尻尾を引っ張らないでよ。エッチ!」


「エッチじゃないよ!」



2人で言い争っていると、グノールが割り込んできた。


「なんでも引き受けてくれるんだろ? 超音波広告は、そう言ってたけど」



 白蛇まで!

 依頼を聞かないうちに! 


 本当に、なんて無責任な蛇だろうと、圭太は呆れた。

 これだから、爬虫類は!



 おねえちゃんが圭太を押しのけた。


「だいじょうぶ。任せて。かわいいもふもふちゃんのお願いを断ったりしないから!」


 にっこりと、嬉しそうに、グノールは笑った。

「僕はね。鳥さんと友達になりたいんだ」


「……ともだち?」


「鳥さんと仲良くなって、一緒に歌を歌いたい」


「それくらいだったら……」

圭太はほっとした。


 一緒に歌うくらいなら、なんとかなるかもしれない。



「そうね!」

おねえちゃんは、大乗り気だ。

「私も一緒に歌っちゃお!」


「僕も!」

夢中で圭太は言った。


「そうだ! 『現代』から、カスタネットやタンバリンを持ってきてもらおうよ! 音楽会を開いたらどうだろう」



 太古の音楽界だ。

 恐竜と、鳥と、哺乳類の!


 圭太とおねえちゃんは目を見かわした。


「とても楽しいことになりそうだね!」

「きっと、売れるわ、カスタネット」


 ほぼ同時に叫んだ。



 「それとね」

グノールが言う。


「僕も空を飛びたい。鳥さんたちと一緒に!」


「ええっ!」

「なんですって!」


 それはちょっと、いや、かなり難しい気がした。


 スピノサウルスのパラグライダーだって、背後から強力なサーキュレーターで風を送ることが必要だった。


 でもこの場合は……。

 風を送ったりしたら、鳥は、吹き飛ばされてしまうだろう。


 なら、ヘリコプターは?


 確かに、ラプトルは、スピノサウルスより遥かに小型だ。だが、ヘリコプターの爆音に怯えて、鳥は逃げてしまうだろうし。なにより、プロペラに巻き込まれたら、大変だ。



「気球は?」

圭太は言ってみた。


「気球なら、音が静かだから。形に怯えるかもしれないけど、慣れれば、鳥も、近寄ってくるかもしれない」


「気球って何?」

 グノールが尋ねる。


「大きな風船だよ。温めた空気の力で空を飛ぶんだ」

「風船って?」



 仕方なく、圭太は、地面に絵を描いて説明した。大きな気球に乗ったスピノサウルスが、嬉しそうに笑っている絵だ。


 風船のてっぺんや、吊り下げられた籠の縁に、小さな小鳥の姿も描き足した。



「違う」

それなのに、グノールは口を尖らせた。

「僕は、自分の翼で飛びたい。僕はね。鳥さんたちの仲間になりたいんだ」


「君の翼……」


 圭太は、しげしげと、スピノサウルスの前足を見た。

 たしかにそこには、羽らしきものがついている。


「羽……見せて」

「いいよ」


 圭太が言うと、グノールは、羽を広げた。


「私にも見せて」

おねえちゃんも、すりよってきた。



「左右対称だ」


 羽の一枚を撫でてみて、圭太はつぶやいた。

 グノールの羽は、どの羽も、軸を中心として、右側と左側が、同じ形だった。


「左右対称だと、どうなの?」

おねえちゃんが首をかしげる。


「空を飛ぶ為の羽は、左右の幅が違うんだよ」



 空を飛ぶ鳥は、風切羽かざきりばねという羽を持っている。


 風切羽は、軸を中心として、左右が非対象になっている。そうでなければ、空気に乗って、うまく上昇することができない。


 現に、圭太が家の近くで拾う、鳩やカラスの風切羽は、みんな、左右非対称だ。



「それに、この子の羽、随分、小さいものね。こんなに小さい羽じゃ、体重を持ち上げられないよね」


おねえちゃんがつぶやいた。

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